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仕事で通りかかった羽根木公園に入ってみた。ここ江戸時代に六郎次という鍛冶屋が住んでいて、「六郎次山」と呼ばれていたそうな。
ここから2キロぐらいのところに世田谷城跡公園がある。南北朝時代、吉良氏によって築かれた城で、本丸は豪徳寺にあったという。北条氏との政略結婚によって、この地は北条氏の勢力下に置かれたが、小田原攻めのとき吉良氏は戦わずして城を明け渡したという。豊臣方の手に渡った城は、その後廃城になったのだそうだ。
本丸は豪徳寺。城下町は経堂にあったというから、ここは静かな武蔵野(?)の小高い丘であったのであろう。当時の絵地図を見ろと、世田谷は雑木林が多かったというから、タヌキやキツネが出るような土地だったようだ。
そんなことを考えながら、公園を歩くと木々の姿も違って見えてくるのだ。
ん???
(いや、じじいになっただけだ・・・・きっと)
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