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こんなヒーローが居だんたっぺが?イバライガー
地元ヒーローで検索してみると、たくさんヒットする。
茨城県では
郷土戦士サンライザー(日立市)、常夏戦隊アロハマン(水戸市)、故郷応援隊!ガウラーC(かすみがうら市)、元気戦隊トリディンジャー(取手市)、納豆マン(日立太田市)・・・・
笑えるのがいっぱいある。
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この日を入れて2018年はあと2日である。あっという間に2018年も終了である。この日S先輩の家で行われるもちつきに出席するため、神奈川に車で向かう。今年は参加者が少ないと聞いていたので、自分のようなロートルも戦力として参加を望まれていたのである。S先輩の家に到着すると、既にS先輩のご子息二人の手によって、もちつきが始まっていた。戦後間もなくから始まったこの伝統行事、S先輩が生まれた頃からだとしたら、先の大戦後のことだからもう70年は続いているということか。先の大戦というと京都の人は応仁の乱と言うのだそうだ。最後の内戦、西南戦争とも違うのである。
(つまらんギャグだけど)
S先輩と一緒に気仙沼大島に出かけたとき、小松殿の新造船のお祝いをするために秋田のもちつきを見たことがあった。唄を歌いながらにぎやかにつくのである。細長い棒でつくので、かなり楽しい。S先輩知り合いに頼んで、山から木を切り出してつき棒を作ってしまったのだ。これだと力が弱い年寄りや女性、子供までももちつきを楽しむことができるのだ。
これがとても楽しいのである。もちつきの工程は以下の通りである。
もち米を洗う ⇒ もち米を水に浸す ⇒ もち米を蒸す ⇒ 蒸しあがったもち米を臼に入れる ⇒ もち米が飛び散らない様に丁寧につぶす(半殺し) ⇒ 本格的につく ⇒ まとめる
つき手と返し手の息が合うと、かなり早くつきあがるようになる。もちろんもち米を洗う部隊の役目も大きい。つきあがった餅を、のし餅にする部隊、お供えにする部隊、からみ餅や餡餅にする部隊が円滑に動くことによって、はじめて餅つきという行動が完結するのである。記憶を辿ると、自分の両親の実家では年末になると捻りハチマキの男衆と、白い割烹着を着た女衆が立ち働く中、餅つきをしたことを思い出すのである。
まっしろにつきあがった餅を分けてのし餅に仕上げる。
昼過ぎに終了して、宴会をはじめる。人数が少ないとS先輩は言っていたが、結局子供を含めて30人近い人数になっていた。S先輩のお抱え整体師、役人、親戚、娘ちゃんの友人家族、昔の仕事仲間、50年前の友人、スプラング(3000年前からある織物)研究者、ご近所さん・・・・多種多様の人が集まっていた。昼頃にわんこはん殿、まこはん殿も合流。正月なのでわんこはん殿も日本に帰国していたのである。
50年前にライフセイバーの仲間だったというS先輩の友人。フェイスブックをはじめたら、S先輩と繋がったという。50年ぶりに会ったというのだから驚きである。
S家伝統のうどんで宴会は始まる。
つきたての餅はバイキング形式。子供達は夢中になって食べていた。大根おろし餅、きなこ餅、あんこ餅、胡桃餅、黒胡麻醤油餅・・・つきたてだから美味しい。
S先輩の奥様、クニコ殿の料理が次から次へと出てくる。しかし食べるのに夢中で写真を撮り忘れる。クニコ殿の料理は次から次へと繰り出され、夢中になっておいしくいただく。
19時過ぎにS先輩の家を辞する。東京方面に帰るという女子2人を北千住と竹ノ塚に送り、実家の牛久に向かう。
21時過ぎになったため、外で食事をすることにした。牛久にできた『ゆで太郎』晩ごはんをいただく。
ごちそうさま
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