|
朝、ゆっくりと寝て目覚める。快晴であった。いつもなら5時過ぎには起きるのであるが、休日なのでのんびりなのである。朝御飯はご近所さんからいただいたきんぴらごぼうをいただく。一人暮らしのかあちゃんを案じて、古い友人が作ってきてくれたのである。これだけ細く切るには、相当切れる包丁と腕がなくてはできない。かみ締めるとじゅわっとでてくる出汁の味を楽しむ。
実家の掃除をする。まずは箒でざっと室内を掃く。ゴミを玄関から出し、玄関に出す。大きなゴミはこうして出し、その上で絨毯に掃除機をかける。掃除機はばっちゃんの役目である。正月の三が日は、掃除をしないのが決まりである。正月に家にやってくる年神(としがみ)さまを迎える準備。年神さまは”なまはげ”と同じ”来訪神”なのである。年神さまに心地よく来ていただくため、門松や注連縄を飾り神社と同じ『神域』であることを知らせるのです。掃除や煮炊きをすることによって、年神さまを掃き出したり流して追い出したりしないようにする・・・という意味合いを昔の人は持たせていたのだと思います。地域によっては、正月飾りを取り除く”松の内”までを正月としたり、なかには15日まで行事が続くところもあるそうですな。
玄関に出た芥(あくた)を取り除き、門前を掃いて水を撒いて清めました。
築50年を越えた我が家、11月には縁台を修理したが、見回ると手を加えなくてはいけないところがいくつかある。新しい年は少しこうしたところに手を入れていかねばならないと思う。
昼、中学時代の恩師がリタイアして、筑波山の麓で息子さんと一緒に農業をしているのである。大学を卒業して最初に受け持ったのが自分達のクラスであった。ご愁傷様である。必ず遅刻をするやつ、怪我ばかりするやつ、授業中に本を読んでいるやつ、自衛隊オタク・・・・様々な問題児を抱え、相当苦労したのではないだろうか。お恩師は教師を続けながら結婚をし、若くしてご主人を病気で失い、三人の男の子を立派に育て上げた根性の人(失礼)なのである。その恩師が、自分で育てたもち米で豆餅とのし餅を持ってきてくれた。豆餅には大豆ではなく、落花生を入れてくれてある。濃厚で美味しい。自家製の味噌も持ってきてくれた。もちろん大豆も自分の畑で作ったものである。お昼ごはんに豆餅をいただく。美味しい、感謝。
デザートには裏の家から頂いた柿。美味しい。
同級生や知り合いから沢山の野菜が届いていた。年末のご挨拶を兼ねて野菜のお裾分け。この辺りで古くから住む人は、当たりまえのことなんだけれど、新しくこちらに引っ越してきた人は目を白黒。思えば、実家のまわりは家が少なくうっそうとした林があったのである。
早めに風呂に入り、餅を切る。餅もついたら近所にお裾分けするのである。ことしものし餅がたくさん届いた。中には畳並みの大きさのものがある。切るのも一苦労なのである。
そうこうしているうちに、蕎麦が届く。これも陣所の知り合いが年末に打ったものである。有り難いことである。年末の宴の準備をして席につく。かあちゃん、ばっちゃん、自分の三人で席につき杯を合わせる。健康で年を乗り切ることができた。感謝である。世が明けると新しい年になる。来年も家族にとって善き年でありますように。
気仙沼の友からマグロの大きな塊とアワビが届いた。マグロはばっちゃんが切り、自分はアワビを刺身にする。美味しい。
いただいた白菜に豚肉をはさみ、ミルフィーユ鍋をばっちゃんが作る。鍋をつつきながら紅白歌合戦を見る。出てくる歌い手のほとんどがわからない。”坂”シリーズのアイドルも区別がつかない。今年イヤというほど聞いた、ケンケン米国チームはわかった。除夜の鐘のずいぶんまえに年越し蕎麦をいただく。
こうして我が家の年越しは終了。
ごちそうさま
|
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]



