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ばっちゃんが唐突に「あたし柴又行ったこと無い」と言って来た。そうか言ったことが無いのか。ということで柴又帝釈天に出かける。代々木上原から千代田線で金町まで行き、そこから京成で1駅である。ばっちゃんなぜ柴又と言ったかというと、日曜日に放送されている街歩き番組を観たからなのだ。ゲストは中尾ミエであったか。
渥美清の映画でロケ地となった帝釈天への参道、いつもは外国人で賑わっているのであるが、この日は平日なのでガラガラである。帝釈天の彫刻をじっくり鑑賞する。そういえばjhata99殿の同僚だった方の娘ちゃんが、ドラゴン好きなことを思い出したので、写真を何枚も撮ってメッセンジャーで送る。小学校の女子がドラゴンを「格好良い」と言う・・・おもしろいキャラクターなのだ。
昼を大きく回ったのでランチにしようということになった。参道のお店は込んでいたので、近くに入って中華ランチをいただく。歩き回って水分を大量に失ったので水分補給。水分不足は命を奪うこともあるのだ。キケンなのである。
ばっちゃんのランチ
自分は激辛をチョイス。
もちろん餃子もね。
晩ごはんはシンプルにいただく。あさりの酒蒸し、ピーマンの炒め物、手巻き寿司の残り物。。。
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2019年04月22日
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クレージーモンキー/笑拳 71本目製作国:香港
製作年:1978年
<スタッフ>
監督:ジャッキー・チェン
脚本:ジャッキー・チェン
<キャスト>
ジャッキー・チェン:シンロン
ヤム・サイクン:エン 鉄の爪
ジェームズ・テイエン:チェン
<感想>
政府の追及を逃れ、山の中で暮らしているシンロンと祖父のチェン。カンフーの達人であるチェンは、世の中の目から逃れるためであった。政府の方針に従わない流派の武道家を次々と暗殺していくのであった。暗殺者として野に放たれたのは、"鉄の爪"エンというスゴ腕の男であった。祖父の薬代を稼ぐために用心棒の仕事を始めるのであったが・・・
ジャッキー・チェン初監督作品である。コミカルアクション映画のジャンルで成功を収めたジャッキーが、個人プロダクションを立ち上げた際、紆余曲折の末に監督となったという。俳優としてデビューを果たした後、「ドラゴン怒りの鉄拳」(1972年)に端役で出演したが、その後パッとせず香港からオーストラリアへ移住した両親のところに帰った。その後香港に戻り、1978年『スネーキーモンキー/蛇拳』『ドランクモンキー/酔拳』と立て続けにヒットを出して一躍スターの座に登りつめた。 その成功を基に個人事務所を立ち上げたのである。
当時映画好きな学生だった僕は、ブルース・リーの作品は随分楽しませてもらった。香港中国戲劇研究學院の先輩後輩である、サモ・ハン・キンポー、ユン・ピョウ等、当時はキラ星のごとく次々tと世に出て来ていた。1982年2月中旬、オーストラリアへ向かう途中の8時間の乗換え時間(!)の際、空港でソファに座っていたら、となりに座ったのがジャッキー・チェンであった。すぐに気が付いて話しかけ、写真を撮ってもらったのである。撮影に出かけるということであったが、気さくで人懐こい笑顔が印象的であった。
息子との問題、中国と台湾との関連など最近はあまり良い話は聞かないこれど、1970年代〜80年代の映画に対する情熱をいつまでも失わないで居て欲しいものである。
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