僕は池袋にいた。地下から地上に上がると眩いばかりの太陽がどっかりと空に浮かんでいた。手を掲げて太陽光を防ぎながら太陽を見た。あの日、仙台で見た太陽と同じで力強かった。
小高い山のように積まれた瓦礫、積み木のように転がっている家は二階部分だと聞いた。瓦礫の中にペシャンコにつぶれた車があった。捜索終了の赤いペンキのマルは血に見えた。家の住人は生き残ったのか、車の持ち主は逃げ切れたのか、そう思うだけでからだ全体がガクガクする位眩暈がした。地面が揺れて足元から崩れていくような感覚だった。目の前に広がった景色は、今でもフィルムのように頭に焼き付いている。
人は誰かを必要としている。
そしてその誰かもまた人が必要なのだ。
絆とはそういうものだと思う。
2017年3月19日
川尻健裕
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バレンタインデーである。自分がこのお祭りを知ったのは小学校4年生の頃。いまから48年ほど前のことであろうか。クラスの女の子がチョコを持ってきていた。当時、学校へはおやつを持ってきてはいけないキマリであった。遠足に持ってきていいおやつの金額は300円ぐらいで無かったろうか。「先生、お弁当に持っていくバナナはおやつになりますか?」などと旧友が聞いた記憶がある。そんな時代に学校にチョコを持ってくるなんてと思い、そのチョコどうしたんだ?と聞いた。するとその女子は、男の子にあげるのだという。おお、何と幸運なことに自分も男の子である。くれ、と云うといやそうな顔をする。なんでだろうと思ったが、ふたたびチョコをくれというとしぶしぶ小さなチョコを呉れたのである。すぐにパクパクと食べた。バレンタインデーの本当の意味を知ったのは、ずいぶん後のことである。
ばっちゃんがバレンタインデーにプレゼントを呉れた。黒にんにくとうるらの玉子の味付け煮、そして靴下である。ありがたやー
おしまい
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