金鍾泌 金鍾泌証言録 金鍾泌著韓国が軍事クーデターによって、朴正熙(パク・チョンヒ)を中心とした軍事達が政権を握った。そのときに中心人物として活発に活動したのが金鍾泌(キム・ジョンピル)である。お隣の国でありながら、国の成り立ちを知らないというのは、もったいないと思い借りて読んでみた。
1950年から1953年の朝鮮戦争によって、韓国は大きな混乱をした。弱体化した政権に変ってクーデターによって朴正熙は政権を掌握した。その当たりの証言は、緊迫感があり手に汗を握るものであった。その後、記憶にある政治の節目の描写が、続いていく。政治を行うのもまた人間である。金鍾泌の目から観た政治家の姿は、人間臭かった。そして彼の目から見た日本は、愛憎入り混じる複雑なものを感じたのである。
読み進むのに苦労したのは、同じ苗字の人がやたらと多いこと。韓国の苗字は少ないのだそうだ。金さん、李さん、ばっかり出てきて2〜3ページ戻って誰だっけ?という始末。記憶力の悪さが災いして遅読でありました。
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ほほほの本
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選択5月号本号が扱った記事の中で、気になったのは米朝階段であった。しかし最も気になったのは政権の行き先と、国家公務員の堕落である。日本という国の中枢は、いつからこんなに堕落してしまったのであろうか。国民の一人として慙愧に耐えない状況である。
この号の「編集後記」が印象深かった。
”財務省の福田淳一は、「接客係の女性」と過ごす時間がよほど長いのであろう。彼女たちと話す言葉が身についていた。前身の大蔵省時代から、この役所は秀才中の秀才が集まるので、宴席に出ることを奨励し、「バカにもなれる」ことを身につけさせてきた。するといつの間にか、「バカのふり」ではない、正真正銘の阿呆者が自分達の頂点に立っていた。
おとぎ話のような、後世に残る教訓譚である。これが実話というところが、まことにまことに、情けない”
次世代にはこんなことは残したくない。国民の一人として、できることを考えていきたいと思う。
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鈍感な僕はどうしても理解できなくて、その輪にはいることができずに居た。話しの輪の中で無神経なことを言ったらしく、女子生徒に嫌われてしまうこともあった。気が滅入ってしまったときに出会ったのが加藤諦三である。土浦の書店で偶然みつけて読んだのが「生きる」「人間であることの原点」であった。 あれから何十年という月日が過ぎた。ようやく彼の文章がすこしだけ心に染み入ることができるようになった。大器晩成ということばがあるけれど、成る前に朽ち果ててしまいそうな自分の愚かさと、この本の言葉に高揚した自分の幼さに赤面を禁じえなかった。 本屋のレジ前に並んでいた本を見つけ購入。加藤諦三の文字をしっかりと読んで、晩秋の夜を過ごしている。 |
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しかしテレビ番組でおもしろ投稿って・・・ラジオでいいなんじゃいの? |
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西水さんが毎日新聞に書かれていたコラムがまとめられ、英治出版さんから本となった。
本を頂いたのでさっそく読む。冒頭に書かれているのは何と自分のことではないか。 西水さんがいたずら好きなのは知っていたけれど、こんな「どっきり」を仕掛けるなんて一言も言ってなかったのに。 西水さんから「時代の風」が本になると聞いていたけれど、まさかこんなことになるとは思いもせず。ただただ恐縮するばかり。 その当時のブログを読み返していくと、その当時の感覚や匂いが鮮やかに蘇えってきた。支援に向かう自分の中に偽善的なものを見つけ、自己嫌悪と格闘した夜もあった。支援仲間と一緒に声をあげて泣いた事もある。いろいろなことがあったけれど、2011年3月11日からの経験は自分にとって大切なものとなった。 2016年もあと少し。これからも前をすっかり見て進んでいきたい。 それはまるで、ダンスのように ほぼ日刊イトイ新聞(2012年12月3日〜14日 全10回) 東北の仕事論 ヤマヨ水産編 ほぼ日刊イトイ新聞(2013年7月30日〜8月1日 全3回)。 |



