CIA諜報員が駆使するテクニックはビジネスに応用できるJ.C.カールソン著<感想>
CIAでインテリジェンスの仕事をしていた筆者が、10年の間に学んだことを世に明らかにした本である。「スターバックスコーヒー」 製薬会社の「バクスターインターナショナル」などの名門企業を渡り歩いた後、CIAに入局。情報収集のセクションで活躍したという。この本がビジネスで役立つか否かはわからない。一番興味があったのはどうやってCIAにリクルートされたのか、の一点である。なにか糸口は無いかと思ったが残念ながら無かった。アイビーリーグの大学には人材募集のネットワークがあるという。教職員から学生まで、CIAは広く人材を必要としているらしい。入局する倍率は300倍とおいう説がある。声をかけられてから、正式に入局するまでに厳しい審査と試験があるという。それを突破した彼女は、かなりの知性の持ち主なのであろう・・・・
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ほほほの本
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株価暴落 池井戸 潤・著 文春文庫刊 43冊目昔から、こうと思った作家を執拗に読むクセがある。小説らしきものを生まれて初めて読んだのは、父がどこからかもらってきた週刊誌である。まだ小学生の低学年であった僕は、ひらがなと読める漢字だけを読んで楽しんでいた。内容がわからないまでも、この小説は子供が読むべく小説では無いことを肌で感じ取っていたことだけは覚えている、。長じて忘れてしまっていたが、そのことを思い出したのは大藪春彦の「蘇える金狼」を読んだ大学時代の時であった。亡くなった松田優作の映画で、ガンアクションの監督を務めていた国本圭一もまた、当時興味を持っていた1人である。修行時代、米国で毎日ドラム缶1杯の弾丸を撃っていたという彼。当時はまっていた銃の世界では、イチローナガタと共に国本圭一はガンの世界では有名人であった。大藪春彦もまた、ライフル射撃競技を行うなど、ガンとカーレースでも知られた存在であったのだ。
そんな兄の影響を受けたのか、妹は銃の月刊誌で大学時代モデルをしていたこともある。唯一の請っていた月刊誌には、青いワンピース姿でワルサーPPKを構える妹の写真が掲載されていて、驚いたこともあった。
あ、いかん、ハナシが逸れた。池井戸 潤は三菱東京UFJに努めた後、作家となったそうだ。「下町ロケット」で文学賞を取ってから、一躍脚光を浴び半澤シリーズがテレビで放映されると、国民的に注目されるようになったのである。彼の作風は「金融活劇」と云っていいのではなかろうか。しがらみにがんじがらめになった現代社会。悪をばったばったとなぎ倒すパワフルな存在が痛快に感じると思うのである。
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定年ゴジラ 重松清・著 講談社刊 42冊目仲間の中には、このニュータウンを計画から関わってきた開発会社のフーさん、単身赴任を続けて家での居場所が無くなったノムさん。二世帯住宅を建てて息子夫婦と暮らし始めたけれど、嫁姑のいさかいに悩む町内会長。いろんな騒動が発生する中で、やんわりとした風息の中で、定年生活を楽しむ彼らの姿を、優しい目線で描いた作品。 |
忘却のしかた、記憶のしかた ジョン・W・ダワー著岩波書店刊 41冊目<感想>
かなり前に読了した本なので、内容を忘れてしまっているところが多い。肝心なところが欠落している気がしてならない。そこが僕のダメなところなのであるが、致し方ない。筆者の「敗北を抱きしめて」を読んだ。戦後日本はどうやって復活したのか、どんな道を歩んできたのかに興味があり、手に取ったのである。占領軍として日本にやってきたアメリカ兵が見たのは、憎しみではなく、平和を愛するおだやかな日本人の姿であった。
20年前に発表された本であるが、そのほとんどは日本で発表済みのものだそうだ。しかし僕にとってははじめて目にする論文である。最初に取り上げられたカナダの外交官、エドガートン・ハーバート・ノーマンについては興味を持った。調べてみると日本生まれ、GHQに出向して戦後の日本に強くかかわったという日本の歴史学者である。彼の著作についてはまったく読んだことが無いので、一度探してみようと思った。
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ほんとうは強い日本 田母神 俊雄・著 PHP研究所刊 40冊目<感想> 「日本は侵略国家であったのか?」という懸賞論文で、政府見解と違う説を主張して首になった元航空幕僚長。東京都知事に立候補して、落選はしたが、60万票を越える得票で世間を驚かせた人物である。福島の安積高校から防衛大学校に進み、自衛官となる。航空自衛隊のトップに昇りつめた。 現役自衛官が、村山談話、小泉談話と違う戦争責任観を発表したことで、当時大騒ぎになったのは記憶に新しい。 この本で一番目に止まったのは、「原子力」の部分である。彼の説によれば、福島原発の心配はしなくても良いということを書いている。そしてそれがなぜか核武装すべきという論調になっていくのである。どこか論理が飛躍してしまっていて、読んでいても首をひねるばかりであった。。 |



