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朝目覚めたのは5時前。休暇を取ったこの日も気仙沼大島に居た。
60年前の1959年4月8日、早朝6時過ぎに仙台の国立病院で生を受けたのだ。還暦なのである。
実感ゼロである。
橋が開通して2日目。曇りの朝であった。
島の人達に挨拶代わりに「鍵かけの練習した?」と聞いてみる。しているという人がほとんどである。中には新築なのに持っていた鍵が使えないことがわかった人も居た。「ウチは地震で家がゆがんでるから、開けるのが難しいから大丈夫」なんて人も居る。フェリー乗り場に駐車している車は、鍵が刺さりっ放しということであるが、橋ができたのでそうもいかなくなる。これからは電話での詐欺にも注意せねばならない。その反面、急病のときの対応は車でできる等の利便性はアップするのだ。メリットとデメリットは相反するもの。道具を活用するのはこれからだから、追々考えていけばいいね。とりあえずデメリットの重要なところを潰しておけばいいのだ。
朝御飯をいただく。客は自分とS先輩の二人だけである。いつもは手早く食べてしまうのであるが、この日はのんびりといただく。朝からファイヤーである。
おさこ殿が牡蠣汁を作ってくれた。これがとても美味しい。
おさこ殿が沖シュウリガイを調理してくれた。大きい。
小松殿の家に向かう準備をしていると、なおちゃんがまりちゃんと一緒に車でやってきた。保育園に行く前にお別れを言いたいと言っていたのだそうだ。なんと可愛いことを言うんだろう。おじいちゃんキラーだ。
抱っこをしてバイバイ。
その後、たっか殿のわかめ作業を見に行く。いつもは酔っているけれど、作業の合間の顔は海の男の顔だった。ワカメを持っていけと大量に手渡される。こんなにどうすんねんというぐらいの量である。嬉しいがちと困る。
昼前に橋を通って気仙沼大島を出る。橋は美しく眺望も素敵であった。
三陸道で仙台に向かい、仙台からは東北道で東京を目指す。途中の菅生パーキングでランチをいただく。仙台マーボー焼きそば800円。量が多くてビックリした。大盛りをチョイスしなかったことに安堵する。
強い雨の中、19時過ぎに自宅に到着。
S先輩と一緒に晩ごはんをいただく。旅を振り返りながらいただく。
S先輩は車で帰って行った。
誕生日ということで、たくさんのプレゼントをいただく。感謝
ごちそうさま
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