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あの日から7年の歳月が過ぎた。 ようやく両親の食欲が戻り、実家にも笑いが戻ってきた。 妻は毎朝我が家にある遺影に、好きだったコーヒーを供えている。 こうした毎日を過ごしていると、思い出や想いに耽る時間が段々減って きている。ちょっと前まで「白状者!」と自分を罵ったりしたが いまでは何もしなくなった。 ああ、これが生きるということなんだ。 |

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こんにちは、ゲストさん
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あの日から7年の歳月が過ぎた。 ようやく両親の食欲が戻り、実家にも笑いが戻ってきた。 妻は毎朝我が家にある遺影に、好きだったコーヒーを供えている。 こうした毎日を過ごしていると、思い出や想いに耽る時間が段々減って きている。ちょっと前まで「白状者!」と自分を罵ったりしたが いまでは何もしなくなった。 ああ、これが生きるということなんだ。 |
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今を幸せにすごすことが、生きているもの務めであるし、供養だと思っています。
2010/11/23(火) 午後 5:11
今日がそうでしたか
コーヒーを見て、毎日これが繰り返されるって凄いことだなー(双方とも)と想いました
合掌
2010/11/23(火) 午後 7:02
私は実家へ帰ったら いつも父の遺影に手を合わせます。
きっと亡くなられた方 毎日のコーヒーがうれしいでしょうね。
私は無宗教だけど 亡くなった人はどこかで見てくれてると いつも思うんです。
2010/11/23(火) 午後 9:23
zokutyouさんに賛成。
といっても、私は、まだそういう経験がないので、将来同じような経験をしたときに、同じように言える自信はありません。
2010/11/23(火) 午後 9:46
だんだんそうなるんですよね。生きているものは、生きなきゃいけないんですからね。。
その人のものとか思い出とかにひたる・・というより、その人とと一緒にいる・・というのか、
その人が自分自身の中にいるというのか。。
過去の思い出が遠のいても、一緒にいるので、もうさびしくはない・・
のではないでしょうか。。
2010/11/23(火) 午後 10:17
まいう〜族長殿
その通りですね。「元気でやっているよ」というのが一番いいことですね。
2010/11/23(火) 午後 11:08
ヒロシ!殿
あ、すまん、命日は29日やった・・・あかんな、いいかげんな兄貴は。笑
2010/11/23(火) 午後 11:10
野遊花殿
「ボディは遺伝子を乗せるためのビークル」
こんな考えに最近取り付かれています。ほんの数代遡れば、隣にいる人はごく近しい人のはず。おっさんになってきたせいか、最近こんなことを考えます。
「無常」こそ美しい。
移ろい行く様々な出来事は、生も、そして死をも包括して流れていくということ。その流れの中に人生はある。そして人は微力である。だが無力では無い。
2010/11/23(火) 午後 11:27
Hosoi殿
我々の「生」は数多(あまた)の「死」の上にある。
なんてキザだな。今日はひとり反省会で酔って候。
2010/11/23(火) 午後 11:32
エル殿
DNAがそうさせるのかもね。「側にいる」ってDNAがそうさせるって考えたら、ちょっとステキでしょ。
2010/11/23(火) 午後 11:35