写真集「Kesennuma・Oshima 2012.November」呑み仲間と一緒に気仙沼大島へ出かけた。そのときの写真を集めておひさ殿がフォトブックを作ってくれました。 フォトブックの巻頭にkazubon殿が寄稿してくれました。友情に感謝です。 ここにその本文を掲載させていただきます。 昨年の大震災以降、川尻健裕さんは、毎月のように気仙沼へ 復興支援のボランティアに行っている。現在も継続していて、 その行動力には感服するのであるが、川尻さんのブログを見ていると、 どうも気仙沼の食べ物が旨い、東北の酒が旨いという理由だけで、 ボランティアに向かっているという気がしないでもない。 気仙沼といえば、マグロ、カツオ、サンマなどの水揚げは日本有数だ。 ほかにもサメ、メカジキ、カキ、ホヤ、ウニ、フカヒレなど美味しいものが 次々と思い浮かぶ。 この写真集は、川尻さんが東京の飲み仲間を仙台、気仙沼へ案内した記録で ある。そして彼が現在も気仙沼へ通う理由の答えがここにはある。 多くの人の手にとって見てもらいたい貴重な記録である。 在京関西人日記 かずぼん 気仙沼に行っている理由は、当たっている・・・・・・ なんで気がついたのだろう? |
ほほほほの本
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特別リポート
オバマ大統領はアジア重視政策をとっている。そこで中国は台湾を同化政策によって取り込もうと米中「台湾争奪戦」が新局面へ 「現状維持」政策が劇的に変化 しているので、ぶつかる可能性があるとするレポート。中国は北京と台北の関係を修復しようとか まったく考えていないという。台湾こそ南シナ海、東シナ海の真ん中にある戦略的島・・・このよ うに中国は考えているのではないだろうか。
アジアへ売り込む「対中ミサイル」
北朝鮮がミサイルの開発を急いでいるが、実は中国こそ日本にとっては脅威なのだそうだ。沿岸部「中国脅威」で荒稼ぎの米軍需産業 に配備されたミサイルは日本向けのもあるという。かつてレーガン政権はMD(ミサイル・ディフ ェンス)計画によってソビエトを軍事開発競争に巻き込み、その費用負担によって国家としての命 を奪った。あれからパトリオットなどの開発を進め、いまでは新しい迎撃システムパトリオットP AC3を自衛隊も配備している。パトリオットの基本性能は、大気圏外から「落下」してくるミサ イルを撃ち落とす仕組みであるが、いま配備が開始された新型のミサイル防衛網「THAAD(サー ド=終末高高度防衛ミサイル)は大気圏に再突入する高い高度で迎撃するものである。カバーでき る範囲は1000キロと言われ、これが3〜4基あれば日本のかなりの部分がカバーできる。 ただ、ミサイルが雨あられと降ってきたら、迎撃が間に合わないことは明らかである。軍需産業に とっては日本は上得意なのだ。
政界スキャン
佐藤栄作と言えばダーティなイメージがつきまとう。それは退任会見で記者をすべて会見場から追佐藤栄作に注目したい い出したということからである。いま毎年のように首相が変る現状を見て、筆者はあの記者退場の 後の佐藤の言葉を掘り起こしている。 「チャンス、機械をつくりだすことが宰相の役割だ」「タイミングが来るまでじっくりと時を待つ」 と発言したそうだ。国家や民族の命運を決するような場面では、十分にタイミングをみはかり決せ ねばならない。そのタイミングは軽々しく相談するものではなく、自ら決めなければならないと述 べたそうだ。「啐琢同機(そったくどうき)」という言葉を初めて勉強した記事である。
宮中取材余話
皇后陛下の最近の行動が変わってきたと筆者は言う。控え目な態度はまったく変わりがないが、震皇室の風 ひとしなみにかける言葉の力 災で避難所を訪れたときの被災者への語りかけにページの半分を費やし、皇后陛下の人となりを僕 たちに教えてくれているのである。読み進むにつれ、涙があふれてきて仕方が無かった。 日本人であることを非常に誇らしく、そして嬉しく思った記事である。 2011年4月8日 旧騎西高校体育館 双葉町から四か月の乳児を抱い転々と非難してきた若い母に「移っていらしたのでしょ? お疲れ でしょう」。ぐずりだした乳児の背中を軽くぽんぽんとあやしながら「眠れますか? 大丈夫?」 足の悪い年配の女性に「生きてらしたんですね。よかった。元気にね」。「お会いしたかったです」 と呼びかけてきた若い女性に「やっとね。夜も大丈夫? よかった。みんな命が助かって。元気で いてよかった」。 皇后陛下の被災地でのお言葉、これだけ力のある言葉を最近聞いたことが無い。もっと国民にも 知らしめてもいいのではないかと感じた。
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<感想> 日本人は簡単にすいませんと言う。それにホンネを隠して反対のことを言ったりする。それはなぜ であろうか。たとえば「これいいでしょ」と見せられた仕事の新しいアイディア。企画も発想もあ りきたりでつまらない。でもこれからの人間関係を考えて「いいですね」と答えてしまう。 みんながそんなアイディアはダメだろうと思っているのに、なぜか承認されてしまうこともある。 実際に実行に移すと、不平不満がたくさん押し寄せてきてしまうのだ。これはなぜ起きてしまうの であろうか? 日本人特有の和を重んじるということから、こんな事が起きてしまうのではないか と筆者は言う。ホンネとタテマエの二重構造は、日本という特殊な環境のなかで長い間をかけて育 まれてきたもの。それを否定するのではなく、深く掘り下げていったところに面白さがある。 「すいません」といいながらホンネは「これはわたくしのせいではありません」という意味を込め ていることがあるなあ・・・と読みながら思ってしまった。クレームの時も相手が「すいません」 と謝るだけで、日本人は白黒はっきりつけずに終わることもある。クレームが発生した場所の責任 者ではないのであるが、こうして謝ることでお互いを「察して」解決とする・・・これが人とのお つきあいをスムーズにする方法であると思ってきた。 私見ではあるが、こうした日本独特の考え方はビジネスではなかなか通じなくなってきていると思 う。特に海外との接触をする場合には、ドライかつはっきりとした詰めをしないと手痛い目に合う ことが多いのだ。ただ情緒的な面では、こうした気遣いが嬉しいときもある。これをどう使い分け ていくことが、これからグローバル社会では必要になってくるのだと思う。
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<感想> 博多に転勤になったとき、鉄道列車の美しさに驚かされた。外装デザインもさることながら、内装 も本州の鉄道会社とは一線を画していた。これは何だろう?そう思っていたが、その後すすきの転 勤・・・いや札幌に転勤となり忙しさの中で忘れていた。JR九州の唐池社長の本を読んだのが2 年前ぐらいだった。ははん、この社長が仕掛け人であったのかと思っていた。ところがである、こ の本によれば水戸岡というデザイナーがもともとのきっかけであったということではないか。彼の 生い立ちと、デザイナーとして大成していく過程が詳細に渡って書かれている。その根底に流れる のは、こころざし(志)であるという。 伝統を大切にしながらも新しいさを吹き込んでいくという手法は、整理・整頓から始めるという。 この一点においてこのデザイナーの非凡さが伝わってくると思う。
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<感想> 僕が本を読むようになったのは、必要に迫られてである。小学生低学年の頃は非常に体を弱く、 ちょっとしたことで高熱を出して学校を休んでいた。もちろん友人は少ないながらもいたが、 そんな調子だから一緒に遊ぶことができない。退屈だから書棚にあった百科事典を読んだりし ていた。時折父親が持って帰って来た週刊誌も読んでいた。当然読めない字もあったのあるが、 読んでいるうちに大意は掴めてくる。 中学生になると健康優良児に変身。すると女子にモテたいからと、詩集を小脇に挟むようにな った。どこの学校にも文学青年や文学少女がいるもので、彼らの話題を聞いていると時折「ダ ザイ」という言葉が混じっていた。エセ文学少年の自分には「ダザイ」が本の名前なのか、そ れとも食い物なのかさっぱりわからない。 ああ、そう言えば国語の授業でそんな作家がいたな・・・なんて情けない状況であったのだ。 53歳になってようやく太宰にたどり着いた。太宰は自分の愛人であった女性の日記を引用し てこの作品を仕上げたそうであるが、僕には恐れ多くてとってもできないことで、そんなこと を思う自分の凡庸さを改めて認識した次第。世の太宰ファンが聞いたら怒り出しそうな書評だ な。申し訳ない。
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