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いまになって思うけれど、どれだけの素晴らしい出会いを無駄にやり過ごしてきたか。
そのことを考えるともったいないと思う。 何気ないことを意味あることとして、しっかり受け取ることができるようになった。 それだけでも、いままでの人生は意味があったのだと思う。 |
おっちゃんの独り言
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行動を見つめ直すときが来ている、と思いながら出口が見えない。
もっと考えねばなるまい。ただお手伝いをしているだけでは局面の打開は難しい。 心を側面から支えるにはどうしたらいいか。彼等の心の負担を感じさせずにである。 いや、いろいろ思い悩むのは止めよう。 行動あるのみ。 結局はこれか 笑 |

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全部わかっているとは言わない
でも、あの日のことを伝えるべきではないか 報道によって全て伝えられたと思っているのは錯覚かも知れない あの北の地で見たことを伝えること これが自分に与えられた最初の課題なのかも知れない |

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何気ない日常から、意味のあることを抽出して自分の糧にする。
これは意外に簡単なようでなかなかできない。
しかしできるだけそうしていたい。
せっかくこの世に生きているのだからね。
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OECDによれば相対的貧困とは、等価可処分所得(世帯の可処分所得を世帯員数の平方根で割った値)が全国民の等価可処分所得の中央値の半分に満たない国民の割合・・・ということらしい。さっぱりわからんけれど(ガックシ)、とにかく貧困の指標であるということなのである。
OECD加盟30か国中メキシコ、トルコ、アメリカに次いで4番目に高い
この相対的貧困率は1980年代から上昇をしている(Wikipedia)という。
今までなら今の状況が貧乏かと問われると、そうではないと即座に返答していた。
それは子供の頃との比較に過ぎず。現代社会の中に潜む貧困は静かに社会を蝕んでいるのである。貧困は社会を蝕み、国民の精神をも蝕んでいく。それがコストとなり、社会資本の損失にも繋がっていくのではないか・・とおぼろげながら貧困に対する恐れに似た感情を持つに至った。
その昔、二宮金次郎の銅像を指さして、実直かつ勤勉に働けば必ず報われるとした親などの大人たちの教育は、いまでは成り立たない世の中になってしまったのである。一度躓くとなかなか這い上がれない仕組みに世の中が変ってしまった。それは豊かな社会を望んで、経済発展こそ豊かさの象徴としてきた戦後の国家運営が生み出したひずみではないだろうか?
余談ではあるが、アメリカの工科大学で経済学の学位を取得した、と初めて知った時かなり驚いた。金融工学という学問は、市場経済を効率的に運用して、金を生み出す技術を開発した。その学問によって富裕層を生み出し、国民のごく一部の人間に富が集まる仕組みを作り上げたのである。うまく表現ができないが、食べ物を機械製品と同じ扱いをして、産業化したということに根底では同じような気がしてならない。食べ物は命に通じるものであり、その地方や地域で暮らす人にとって、自然との調和の元に成り立っていたはずである。
ところが効率化を追求して、同じ食べ物を大量に安く生産し、最大の利益を生み出すことが尊いとされるようになった。この手法で農作物は改良され遺伝子を操作されたし、家畜は薬によってより大きく早く育つように改良された。極め付けは肉牛を解体したときに出る内臓や骨などの廃棄部分を飼料に混ぜ込み、生産コストを下げようと試みた実験であった。不幸にもこの実験は成功し、広く世界で行われることになったのである。こうした所業によって肉牛の遺伝子は反乱を起こし、BSEという恐ろしい病を作り上げてしまった。共食いによって人間の食糧を作り出すことを、神がお許しにならなかったのではないか。
経済も食料も、いずれも命に係わることだと思う。その意味で、日本の貧困化については十分理解をして戦う準備を進める必要があると思う。
東日本大震災以降、牡蠣養殖の漁師達のお手伝いに1年以上関わって、こうした大変な仕事に対する報酬が、あまりにも安すぎるのではないかと何度も感じた。もちろん出来上がったアウトプット(製品)の価値を高めたり、加工によって付加価値をつけたりすることも重要である。しかし額から汗を流してみて、はじめて何かがおかしいと感じた。この実感は日を追うごとに益々強く感じるようになっているのである。
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