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とても人気の無いHという先輩がいた。僕の直属の上司であった彼は、苛烈な性格とガサツな性格で
煙たがられていた。若い社員からは蛇蝎のごとく嫌われていたと言って良いかもしれない。
提出する書類を忘れようものなら、容赦なく言葉で叩きのめす。福岡で一緒に仕事していたのだけれ
ど、Hが転勤した先では若い社員が一斉ストライキを起こすぐらい過激であった。しかし彼の凄いと
ころは、それを意に介し無いところ。
妹が死んで1ヶ月経ったある日、いつもの様にススキノに飲み出た。悲しみを癒すことができず、毎
日の様に飲みに出ていた。ああしてあげればよかった、こうすれば良かったという悔悟の苦しみに耐
えかねて、毎日1人で飲み歩いていた。午前3時〜4時まで飲み歩き、酩酊した状態のまま会社に出
かけるという毎日。酒で身も心も焼き尽くさねば、生きて行く自身が無くなっていた時期であった。
あるスナックのカウンターで飲んでいると、午前2時に会社の携帯が鳴った。今頃誰だろうと出ると
Hからの電話だった。
「今どこにいるんだ」
「はあ、飲み屋です」
「おめぇ、毎晩毎晩飲み歩いてるんだろ。聞かなくてもわかる。この馬鹿モンが!」
「・・・・・・」
いきなり顔を張られたような気分だ。
「オイッ! 聞いてんのかッ! しっかりしろバカヤロウ!」
いつもの通り言いたいことだけ言って電話は切れた。
素直に心に沁みこんでいく言葉、叱られているのだけれど心地よい気持ち。44歳にもなったのに
こんな気分になるなんて不甲斐ないと思うより、愛情を乱暴な言葉に変えてくれた嬉しさが先立っ
た。切れた携帯電話をいつまでも見つめ、閉じる際には心をこめてお辞儀をしたのである。
窮地に陥ったときに手を差し伸べてくれる人が、本当の友であると祖父から教えられてきたが、期
せずして自ら体験することになった。妹の死は膨大な量の悲しみを僕にもたらしたが、また多くの
知恵も与えてくれた。これが死を無駄にしないということなのだと勝手に思っている。これを繰り
返すことにより、肉体は滅びても妹の魂は永遠の生を得るのだと信ずる。
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