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仙台にて、海水浴。この頃良く家族で海水浴に行った。
薫と遺体安置所で再会してから、悲しみを心の片隅に追いやった。
通夜、葬儀、後始末と忙殺された。
両親のダメージは思ったより大きかった。特に母の様子は一変してしまった。
泣くのは当然だが、呆然と居間に座っている姿が痛々しかった。
表情には何も浮かべず、ただぼーっとしている姿に慄然とし背筋が寒くなった。
様々な事情により、当面は実家ではなく東京にある薫の自宅で母は過ごす事にした。
実家に帰れば、親類や友人の対応をしなければならない。母のケアの為唯一の選択だった。
もちろん、母を一人にする時間を作ってはいけない。妻を残すことにした。
幸い妻は即決で承諾してくれた。それから3ヶ月の間妻は東京で過ごす事になった。
札幌に一人で生活をする事になったのは幸いだった。
ボロボロの姿を妻に見せずに済んだから。
酒と勝負をするように毎晩飲んだ。帰りは歩いて家まで帰った。真っ直ぐ歩けないぐらいに
酔っ払って泣きながら歩いた。無垢な子供の様に大声を上げて泣きながら。
『何故、薫を守れなかったんだ』
彼女が結婚するとき、僕の両親は強烈に反対していた。全く聞く耳を持たないほどだった。
そんな騒動の真っ最中に薫は僕に相談に来た。
思い詰めた表情でやってきた彼女に
『どんなことがあってもお前の味方だから』
という言葉だった。その時は良かれと思って言ったが、薫が死んだ後に苦しんだ。
あの離婚さえなければ薫はこうならなかったのでは?
あの時、結婚の後押しをしなければこんな結果にならなかったのでは?
途中で相談に乗ってあげていれば、あるいは神様は違った運命を与えてくれたのでは?
悶え苦しんだ。
理屈ではあり得ないと分かっていても どうしても考えずにはいられない。
詮無き事だけど、そう思わずにはいられなかった。
あの時僕がこうしていれば、もうすこし僕が気配りをしていれば、
一人暮らしを反対していれば、実家に帰る環境を整えてあげれば、
いいや、そんなことはない。仮説からはリアルは決して生まれてこない、と頭ではわかっていても
いつの間にかその考えに戻ってしまっている。
そうして少しずつ、そう自分で気がつかないまに、僕は自分と言う存在を薄めていった。
今、生きている自分という存在を遠くに押しやり、まるで『タラ、レバ』を心の中で繰り返していれば
死んでしまった薫が蘇るといわんばかりに。。。
僕は神経が柔なほうではない。回りも自分もそう思っていた。
しかし気が付くとこの『タラ、レバ』の底無しスパイラルにどっぷりと浸かっていた。
そしてどんどん自分という存在そのものを自分で薄めてしまっていた。
出口の無い苦しさ、いくら考えても元に戻ってしまう苦しさ。
本当に自分が原因では無かったのか? 偽善に満ちた生き方をしているのではないか?
自問する日々。
その苦しさを終わらせる為に、『死』という最悪の選択肢が蛇の様に鎌首をもたげて来た。
その考えの向こうには、甘美ななにかがある様な気がしてきた。
これではいけないと思い悩み、また酒を飲む。泥沼だった。
妻が東京から帰ってきたある日、よたよたと妻に歩み寄って話をしていた。
何の話をしたか忘れてしまったが、眩暈を覚えながら話していたことだけは覚えている。
ふと訳も無く涙がこぼれた。恥ずかしい話だが妻の胸で初めて泣いた。
その瞬間からようやく生きている自分を取り戻せた。
去っていった妹に感謝した。
『本当の自分を取り戻せたよ』
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