1995年1月17日、阪神淡路大震災。僕の知り合いも多数被災した。発生から2週間後、神戸市東灘区岡本に向かっていた。名古屋での知り合いであるN氏の自宅へ向かっていたのである。新幹線で大阪まで向かい、在来線で神戸駅まで行き、そこからどうやって岡本まで行ったのかまったく覚えていない。凄まじいまでの地震の爪痕のショックで、忘れてしまったようだ。阪神高速が倒れていたのを見て非常に衝撃を受けた。
手にした住所を頼りに歩いていくと、N氏の自宅は地面の土砂が崩れ落ち、敷地に足を踏み入れることができない状況となっていた。芦屋の資産家に生まれたN氏は、芦屋に多くの貸しビルを所有し、元々芦屋にあった家を、数億円というお金をかけて移築、遊びにおいでと言われていたのである。その資産や自宅がたった30秒で灰燼に帰してしまったのである。衝撃であった。
これまで築き上げてきたものが全て一瞬にして無くなってしまう。その空しさと脱力感は、きちんと言い表すことができない。あれから11年後の2011年3月11日に再び大地震が発生した。罹災した地域を実際に目で見てある思いに囚われた。そうれは消費社会との決別である。消費によって日本は経済を発展させ、他に類を見ない成長を実現させた。しかしその経済成長は人々を幸せにしたのであろうか。
ローンを組ませて商品を売り、その債権を複雑に組み合わせて市場で売り出して利殖をするという仕組み。金融高額によって生み出されたこの商品によって、世界経済は翻弄された。暴落により多くの会社が倒産したことは記憶に新しい。消費活動をすることによって経済は発展するかもしれないが、その一方でローンや支払いの為に働かなければならない。その消費生活こそが、世の中を歪めているのではないだろうか。
この疑問こそが、これからの僕の生活の基盤になるかもしれない。
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