今日何食べた? 押忍!!おっちゃんの部屋

復活させております『おっちゃんの部屋2』も同時進行中・・・まだまだ頑張らねば

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笑顔

彼が伝えようとしたのは、戦争によって苦しんでいる人達の姿であった。その姿を伝えることで、戦争の愚かさや悲惨さを伝えたかったのだと思う。そしてそれを知った人達が、憎しみは何も生み出さないことに気付いて欲しいと思ったに違いない。

彼に関する様々な話題が飛び交っているが、彼の笑顔をシェアしておきたい。
「遺志を継ぐ」なんて大げさなことはできないけれど、少なくても彼の伝えようとしていたことを考え、忘れないようにしていきたい。
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すべきこと

亡くなった彼が世界に伝えようとしていたことを、僕はまっすぐ見つめていきたい。このようなときは、いろいろな意見が飛び出してくる。彼の死を無駄にしないためには、彼が伝えようとしていたことを、しっかり受け止めること。

ここは絶対にブレてはいけないところなのだ。


後藤健二氏が殺されたことを受けて
2015年2月2日

報道に接して

人間とは何と愚かな生き物なのだろう。
憎しみは新たな憎しみしか生み出さない。しかし過剰な反応は慎むべきである。
事件の渦中に置かれたご家族の心痛を思うと、いたたまれない。
日本政府には冷静な判断と行動を願いたい。

年頭から悲しいニュース接して残念で仕方が無い。。

思うこと

自分が生きている意義は何なのであろうか。「存在」ということを考え始めた10代半ば頃、寝ても覚めても考えていたことは自分という「存在」であった。この日にこの瞬間に生きている自分という存在は、何の理由があってここにいるのか。このことを考えていたのである。過去の自分の「存在」は自分が知ることができるが、未来の自分の「存在」はどう捉えたらいいのかわからなかった。
今思うと、青臭くて未熟な精神性に笑ってしまうのであるが、当時は非常に真面目に考えて悩んでいたと思う。

2011年4月2日、七北田川の河口近くに立った。堤防道路から見ると、瓦(いらか)の海だったその地区が見渡す限り瓦礫の原に変わっていた。新入社員の頃、よく晩御飯をごちそうになった先輩の家も、同様に津波に呑まれてしまっていた。息をする事も忘れその風景を見ていた僕は、滂沱のごとく涙が流れていることにやっと気がついた。
少年時代、自分の存在に悩んでいたことを思い出した。いまこの時がそうであったのか。身震いする体を先輩の家に運びながら、そう決意したのである。


生かされた自分。その思いを抱き続けている。


いったい何が

ムスリムとの相克が絶えない。
いったいどうしてしまったのか。
国家が不満を吸収できなくなってしまい、その不満は大きな塊となって僕達に襲い掛かって来る。
双方が憎しみ合い、理解しようとしない世の中は衝突しかない。
その衝突を止めるには、相手をコントロールして制するしか無いのか?


暗澹とした気持ちを抱きつつ、ニュースを見る日々。
奪った命から何も生み出されるものは無い。お互いに抱くのは憎しみと破滅だけだ。

限りある地球という存在を、今一度深く考える必要がある。





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