太古のブログ

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天気が好いので、チャリンコで第14代仲哀天皇恵我長野西陵(岡ミサンザイ古墳)の周濠回りを一周して来た。最近増えた古市古墳群めぐりのツアー団体と遭遇。
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仲哀さんの父親は、かの日本武尊(ヤマトタケルノミコト)、息子が第15代応神天皇、配偶者は女傑で知られるあの神功皇后で、宮内庁が仲哀陵と定める巨大な前方後円墳の割には、父、皇后、息子に比べるといかにも存在感が薄い天皇だ。
関係者の陵墓は、いずれも古市古墳群の中にあるが、神功皇后陵のみは、奈良市の佐紀楯列古墳群の中にある。
仲哀さんは、皇后とともに熊襲征討に出かけたとき、熊襲よりも先に新羅を討つべしという神功皇后に下った神の宣託を訝しんだため、神の怒りに触れて筑紫の陣中で急逝したと伝えられる天皇である。
記紀が伝える様々な伝承に包まれるヤマトタケルや神功皇后に関連する天皇だけに、その実在の可能性は概ね否定的である。
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この位置からは周濠の奥に二上山が見える

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考古学上の古墳名に「ミサンザイ」「ニサンザイ」と呼称される古墳がいくつかあるが、この古墳もそのひとつで、意味はイマイチよく分からない。鳥の名前(みそさざい)とも単に陵墓(みささぎ)から転じたとも言われているようだ。

咲き始めた近場の梅

19日の午後、近場の小さな春を訪ねて藤井寺駅から道明寺駅までを歩いて来た。古室山古墳、道明寺天満宮の梅も咲き始めているが、見頃は未だ先になりそうだ。

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葛井寺界隈の旧家

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古室山古墳

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助太山古墳

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道明寺

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道明寺天満宮

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この日のぶらり歩きルート

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天誅組大和義挙に参画し、中山忠光卿を守りながら激戦の鷲家口を脱し、生き残って長州に逃れた「島 浪間」は、その後は禁門の変にも参戦したが、同志3人とともに中国諸藩へ尊皇の遊説中、出雲街道「土居宿」において活動資金の要請を盗賊と間違えられ、追い詰められて自害して果てたという。

その土居宿を、昨日の出雲街道ウォーキングで通り抜けることになっていたので、少しでもその痕跡を訪ねたいと思っていたが、ひたすら出雲めざして街道を歩き続けるウォーキングでは、ほとんど寄り道している余裕はなかった。ウォーク参加者に大幅に遅れながら辛うじて勤王四士の顕彰旧跡をカメラに収めることができた。短時間ながら貴重な機会になった。かっての宿場町の面影は旧跡の表示を留めるのみで、多くは失われてしまっていた。

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かっての宿場町としてのおもかげは、ほとんど残っていない

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幕末の勤王志士「安東鉄馬」の顕彰碑。池田屋事件にも関与したが難を逃れ、禁門の変で戦死。

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安東鉄馬の顕彰碑の横に勤王四士の墓が並ぶ
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土居宿惣門(関門)復元

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同じ土佐脱藩浪士「千屋金策」が自刃した旅宿泉屋の跡

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