エンフィールド・ポデローサ2日記

ロイヤルエンフィールドとジャズ・クラシックの日々

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延命寺を出て、今治市役所のそばにある55番南光坊に向いました。
南光坊は四国霊場では「坊」のつく唯一の寺ですが、隣にある大山祇(おおやまずみ)神社の別当寺です。もともと24ある別当寺のうち8坊が今治に移され、その後兵火で焼失。南光坊だけが1600年に再建され、明治の神仏分離令によって独立した寺院になったという歴史を持ちます。

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神社の隣にある南光坊の広い境内はわりとがらんとして堂宇はどれも比較的新しそうです。多くが太平洋戦争の空襲で消失し、その後再建されたものだそうです。
本堂の手前に「物いへば 唇寒し 秋の風」の芭蕉の句碑がありました。

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南光坊から4kmほどはなれた郊外にある56番泰山寺へ。駐車場からお寺に向かうと緑の稲穂の田んぼときれいな石垣が現れました。梅雨になると反乱する川に弘法大師が村人と堤防を築き加持を行ったとのいわれのあるお寺です。

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大師が寺を開いた時に植えた「不忘(わすれず)の松」、現在は三代目が植えられていました。

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57番栄福寺は、山の中腹に位置する栄福寺はコンパクトな境内です。泰山寺と同じく水難に由来した海陸安全・福寿増長の祈願寺として信仰をあつめてきた札所です。

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納経所の隣に演仏堂という一風変わったモダンな建物がありました。寺務所、スタジオ、書庫などの機能があるようです。ここの住職は24歳で寺を引き継ぎ、糸井重里の『ほぼ日刊イトイ新聞』でコラムを連載して本にまとめたりしたユニークな人です(そういえば納経所に「ボクは坊さん。」という本がおいてありました)。
http://www.mishimaga.com/tonari-bousan/027.html

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次に目指したのは58番仙遊寺、標高300mの山腹に位置するお寺で、お寺に向かう山道からの今治市内の眺望はなかなかのものでした。

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境内の手前の道路に面して山門が立っていました。歩き遍路はここから本堂へ向かいますが、クルマはそのまま上の駐車場へ向かいます。

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寺は、この地で40年間修行した阿坊仙人という僧に由来していて、何度かの興廃を経ています。明治にこの寺を再興した宥蓮上人は、日本最後の即身成仏として入定した高僧です。

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境内には千体地蔵がありました。よくみると1つひとつが違っていてあきません。

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59番国分寺は、聖武天皇の勅願で全国に建立された国分寺のひとつです。かっては七重塔がそびえる大寺院だったそうですが、その後幾多の兵火で荒廃し、江戸時代末期になってやっと再興されています。

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握手修行大師像という石像がありました。大師は忙しいので願いはひとつだけという立て札が立っていました。新しい石像のようで、いろいろ特徴出すのにお寺は苦労してるなぁと思いました。

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今治市内6ヵ寺が終わってうどん屋で遅い昼食を食べながら、これからのルートを考えました。
時間的に60番横峰寺には行けるのですが、気になる台風の影響を考えて今回は88ヶ所結願を優先させることにしてたので、手前の西条市内にある別格2ヵ寺を先に打つか後にするかでちょっと迷いました。結果、頑張って別格を先に打つこととしてうどん屋を後にしました。

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