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花ひらく工房
ただの小器用が創った焼き物の仏像“陶仏”の世界へ、ようこそ。そして、戯言の世界にも…。&脱原発!

書庫短編で ひまつぶし

 




  翌朝、駅のホームで電車を待っていると、ポンと肩を叩かれました。振り向くとそこにジョージ君が

立っていました。

 「やあ、おはよう。待ってたんだ」

 「私を?」

 「ああ」

 と言う口の中にはガムがありました。その気安さが気にはなりましたが、遠くで見ていただけの青年の

接近は、唐突にせよ悪い気はしないものです。




 こうして私とジョージ君の、朝のデートが始まりました。

 そのデートは、今にして思えば何て儚くて、そして何て危険なとも言えるデートだったのです。



 そして2週間後の朝、2日後の夜のデートの約束をして、その日がやってきました。

 喫茶店コルシカの営業が終わった夜8時、ふたりがいるのはディスコの中の、明滅するピンライトの光

の下でした。

 「決まってるじゃん」

 「そお?」

 「結構、遊んでるんだ」

 「昔はね」

 昔と言うほどではないにしろ、ディスコには誰しも一度くらいは狂うもので、私も学生時代の半年間夢

中になったものです。この喧騒のカプセルの中にいることに、一種の陶酔を覚えた時代でした。
 
 久しぶりのディスコでした。噴き出る汗は若さの象徴のようで、気持ちがいいものです。

 その中でも、ジョージ君の姿は際立っていました。パートナーである私が気後れするくらいに。



 やがてスローな曲がほてった空気を冷ますかのように流れると、ぴたりと寄り添う男女の姿がひとつの

シルエットになって、波のように揺れ動き始めていました。

 腰が密着し、女の長くて白い腕が、男の首に巻きついていく。はばからず唇を重ねる、影。

 私もジョージ君の腕の中にいました。広い胸に片頬をあずけ、目を閉じる。すると心臓の音と曲が重な

り合って聴こえてきて、熱いと感じる体温も心地よく、揺りかごに揺られているような錯覚さえ覚えたも

のです。

 私は酔っていました。顔を上げれば、そこに唇がある。

 けれども曲の最後まで、顔を上げることはできませんでした。






 ふたりが飛び乗った電車は、最終まで1時間はあるというのに、バスのそれには到底間に合わない時間

でした。

 電車の中でもふたりは終始笑い転げていました。ジョージ君は意外にも話術に長けていて、心得のある

空手のポーズをとったかと思うと、腕のあちこちにある喧嘩の傷跡まで見せてくれるのです。私はそれを

恐る恐る、そっと指でなぞったものでした。


 駅に着くといつもの癖で、私は一目散に走り出そうとしました。すると、

 「やめなよ、走るの。見っともないぜ、女が」
 
 とジョージ君が言ったのです。

 「だって、タクシーの順番が」

 「歩こうぜ」

 「え? うそ」

 私は瞬時に、あのバス通りを思い浮かべていました。歩けば30分はかかる道。未舗装の、雑木林を割

って走る道です。

 「月だって出てるし。見なよ、あの列を。さ、歩こう」

 そう言いながらジョージ君は私の手を取ると、大股で歩き出しました。有無もなく、私は歩くしかあり

ません。私は怖いと思いました。闇が怖ければ、もっと怖いのはジョージ君かもしれないと...。

 歩くふたりの横を、タクシーがすれ違う。ヘッドライトに浮かぶジョージ君の横顔が、心なしか硬い気

がしました。

 空には確かに満月が。そして、満天の星。

 道は国道から脇道に入り、やがて木立に挟まれます。私は彼の手を、しっかり握るしかありませんでし

た。 



 しばらく歩くと、百メートル向こうに林の終わる空が見えてきました。その空を音もなく横切る一条の

光。細く長く、規則正しく夜を切っています。
 
 サーチライトの光でした。

 この光景に、越してきたばかりの頃は驚いたものでした。けれどもジョージ君に限らず、混血の若者や

黒褐色の皮膚を持つ米兵の姿が少しも珍しくはないこの町に慣れると、それは日常のありふれた光景のひ

とつになっていたのです。








   

寧々房(neinei-bo)
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