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国宝と、 国宝未満と・・・。
富山県高岡市金屋町の「ふいご祭り」を見る前に、
高岡市の誇る文化財である古刹を急いで歩いてみた。二箇寺。
一箇寺目の雲龍山 勝興寺(しょうこうじ)は、堂々の重要文化財です。
ですがまだ、国宝未満のお寺です。
画像は写真から。
幾多の変遷を経て、越中現地に移ったのが天正十二年(1584年)。
加賀藩前田家との親交から栄華を極めた寺で、
本堂をはじめ、12棟の建造物からなる大寺院です。
平成10年からの20年計画の大修理が終われば、
晴れて国宝に指定されるとか。。
修復の終わった本堂だけでも、見応え十分でした。
目隠しされた他11棟の完成は未定ですが、
真宗寺院建築の典型と言われる大規模な書院造りなど、
完成後、是非再訪したいものです。
次は、堂々の国宝、高岡山 瑞龍寺です。^^
大き〜い、お寺です。
建立は正保ニ年(1746年)ですが、101年後に消失し、
その74年後には現代の建物に生まれ変わっています。
古人のエネルギーは、偉大なり!ですね。
綺麗ですね〜。
ところで、この二箇寺。
いずれも大雑把に四、五百年の古刹ですが、
わが町・都幾川(ときがわ)には、
何と、千三百年の古刹があるんです。関東最古です!
小さいですが。。^^
私たちボランティアお掃除隊、『多羅の会』がお掃除しているお寺、
国宝「慈光寺経」装飾法華経信解品(しんげほん)があるんです!!
わが町の“顔”なんです。
けれども・・・・・・。
う〜〜ん、これ以上は今は言えません。
*
今、この町の歴史始まって以来の住民運動が起きています。
この件は、いずれまた記事にしようと思っています。
横道にそれましたが、話は旅の途中でした。
次回で旅の話は、終わりです。。
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こんにちは
とてもうれしいです

素敵なコメントありがとうございました
勝興寺素敵ですね
国宝未満は
もったいないですね
瑞龍寺はやはり
国宝としての風格が
ありますね
写真も綺麗です
とても感動しました
[ 浪漫 ]
2011/11/22(火) 午後 5:38
こんばんは^^
国宝になると来客も増えるのでしょうね。静かにそっと佇む景色もオツなものですが^^
2011/11/22(火) 午後 5:47
大きな寺院がありますね。栃木にはありません。でも、千五百年位の歴史がある家や寺院はたくさんあります。古いだけですが…ポチ
[ 文学の散歩道 ]
2011/11/22(火) 午後 6:53
こんばんわ。
国宝とそれ未満ってどう違うんでしょうかね。残念ながらその違いについて判断する知識を持っていません。
国宝指定されると「補助金」などの生々しい問題も発生するんじゃないでしょうか。「お金」がからむといろんなことが起こりますよね。どこでも大変だ〜。
2011/11/22(火) 午後 7:48
浪漫さん、再度ありがとうございます。
国レベルで守る物はあると思います。
ま、地域振興という側面もありますでしょうが。。
2011/11/22(火) 午後 8:25
散歩道さん、それだけで十分です。
たまたま大きいお寺でしたが、人間の力の結集は見事ですよね。^^
2011/11/22(火) 午後 8:27
光悦さん、静かにそっと佇む景色・・・
それならお任せください、都幾川に。
もうすでに国宝はありますが、とっても静かですから。。^^;
2011/11/22(火) 午後 8:30
arichichiさん、あまり真剣に考えないでくださいな。
旅の途中のこぼれ話ですから。
国宝は、その町の自慢のひとつで誇りです。
生々しいお話は、横に置いてくださいませ。^^
2011/11/22(火) 午後 8:34
わが町の‘顔’なんですか
なんだか意味深ですね!
夢見菩薩様のお寺さん詣でときたもんだ!
今日中に5万いっちゃいますね!!!
2011/11/22(火) 午後 10:10
寧さん
こんばんは。。。
どちらも荘厳な感じで素晴らしいです。
建物好きな私にとっては、たまらないですね〜!!!
それにしても、なかなか素晴らしい構図で撮っていますね(笑)。
【傑作】ポチ!です。
[ H ]
2011/11/22(火) 午後 11:03
茶乱歩蘭さん、顔=看板ですから。
だって、町のあちこちに「国宝のある、文化財の宝庫」って書いてあるんだもの。
なのに現実は、・・・・・なのだ。
現実の、哀しさよです。ここだけの話。。(TT)
2011/11/23(水) 午前 8:47
HOKUTOさん、おはようございます。
まさに荘厳という形容に相応しい寺院でした。
わ〜〜、HOKUTOさんに褒められた〜!
はい、これからも諸々がんばりまっす。^^
2011/11/23(水) 午前 8:52
キタキタ
。
瑞龍寺。
数年前左官仕事お手伝いで行きました!
その頃金沢の左官屋に少し世話になってましたから。しっくいで仕上げた大きな天井ありませんでした?
それやってました。
本堂の屋根は、鉛でやってあるんでしたっけ。
ぐるっと囲まれた境内が結構好きです。
[ 白石 博一 ]
2011/11/23(水) 午前 11:59
お久しぶりです!
kamataです。
覚えていらっしゃいますか?
この町の歴史始まって以来の住民運動、気になります・・・。
[ kamata ]
2011/11/23(水) 午後 5:04
白石 博一さん、さすが親方!^^
大庫裏のことでしょうか。へぇ〜〜ですね。
素晴らしいお仕事!
屋根は鉛です。このお寺は城郭の造りで、戦になったときに
この鉛を使うのだそうです。
使われなくて、良かった。^^
2011/11/23(水) 午後 5:32
kamataさん、忘れるはずないでしょ?^^
今月28日がラストのお掃除で、早い忘年会。
そんな時期だもの、思い出していましたあの時を!
今年もいかが?
住民運動のことは、そのときにたっぷり聞かせてあげる。^^
久しぶりに、遊びに来てちょうだいな♪
2011/11/23(水) 午後 5:37
こんばんは。さすが土山(どやま)御坊の伽藍は本山に匹敵するものですね。
聞けば本堂は京都の西本願寺阿弥陀堂(本堂)と30センチしか変わらないとか…。やはり加賀藩の庇護があったのですね。でないと末寺でこんなにデカい本堂は建たないと思います…(^^)
この寺も一向一揆の拠点となった寺院です。
拙寺とは大違い…(笑)
ポチッ!
2011/11/24(木) 午前 3:47
Ren'ohさま、おはようございます。
30センチの譲歩、でしょうか(笑)。
前田利長の菩提寺ですが、前田家の権威の象徴としたかったのですね。
加賀百万石を譲られた義弟・利常がその恩返しに開山したとあります。
確かにこの大きさは素晴らしいですが、圧倒されて落ち着きませんです。^^;
2011/11/24(木) 午前 9:21
内緒さま。。
へえ〜〜ですね。さすがの薀蓄。
どちらも、ここ高岡の双璧みたいですね~、今は。今も?^^
2011/11/24(木) 午前 9:28
内緒さまの記事の続きは、
もったいぶって、来月最初の記事に。。^^;
2011/11/30(水) 午前 0:52