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花ひらく工房
ただの小器用が創った焼き物の仏像“陶仏”の世界へ、ようこそ。そして、戯言の世界にも…。&脱原発!

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東京新聞より「本音のコラム」2題 (原文)
 
その1
「けんかの作法」 法政大学教授・山口二郎 /11月9日
 
 本欄でも書かれたように、安倍晋三首相は最近、精神の平衡を失ったかのようである。しかし、彼の乱心、どう喝をきちんととがめられない野党やメディアはもっと情けない。
 憲法で国会議員は院内の発言について院外で責任を問われないと規定し、さらに言論や学問の自由を保障しているのはなぜか。国会議員、報道記者、学者の三つに、権力とけんかをする武器を与えるためである。
 ファシズムの成立過程では、ならず者が大きな役割を演じる。国民に対して情報と思考の素材を提供する報道機関と学者が、ならず者の攻撃対象となる。それらが屈すれば、世の中は強権支配を受け入れる道を一気に進む。今の日本では、最高権力者自身がならず者同然の暴言を繰り返している。さらにその周辺には、ペンを持ったならず者がいる。
 権力を批判する者は、すべからくけんかをする覚悟を持たなければならない。ならず者を相手にして言葉は無力である。理路を尽くした批判をしても、そもそも理解をする能力を持たない。虚偽や不正を指摘されて逆上するような権力者に対しては、しつこく追及を続けなければならない。実際、安倍首相の虚言は枚挙にいとまがない。
 もはや、臆病なインテリは有害である。メディアも学者も「表に出ろ」という気迫を持たなければならない。
 
 
 
 
 
その2
「屈辱の中で」 鎌田 慧・ルポライター /11月25日
 
 何回目かの「さようなら原発」集会で、大江健三郎さんが「屈辱」という言葉で政府を批判した。これは八十六年前、戦前に中野重治が雑誌に発表した短編小説「春さきの風」で、女主人公が「わたしらは屈辱の中に生きています」と書いた手紙の最後の一行である。
 家族三人、夫の政治活動が理由で彼女は留置所に拘引され、赤ん坊が病気で急死する。そのあと外に出された妻が、拘置所にいる夫に書いた手紙の一節である。
 戦前、戦中の日本は警察国家で、警察の横暴が甚だしかった。思想や表現の自由がなかった。いまなおフクシマの原発.が連続爆発し、世論が急速に脱原発に代わっても安倍政権はどこ吹く風、こころを痛める風はない。その横暴さを大江さんは、戦前の圧制政治の小説をかりて「屈辱」と表現した。
 その言葉がいま、悪政とむき合っている。首相は「アベノミクス解散」などと、やに下がっているが、夜盗の抜け駆けのようでセコイ。目的のためには手段を選ばない。自党の新人議員が落選しても、自分の権力を固めようという酷薄非情には目を瞠(みは)るばかりだ。
 もう新基地建築はやめてくれ、と沖縄がいっても、原発も戦争ももういやだ、いのちを大事にしよう、と日本中がいっても聞く耳をもたない。これでも日本は民主主義国家なのか。きっと「アベノミス解散」になるぞ。
 
 
 
 
 
 
  
 中央が中央だから、この現状が隅々まで蔓延しているのが、この国。。
 
 我欲、保身、慢心。
 旧態依然とした公務員制度の上に胡坐をかき、民意をないがしろにして、安泰の確保。。
 
 
 
 いいかげんにみなさん、けんかする覚悟で行政に、はむかいましょうよ!
 これ以上屈辱なんか受けるの、やめさせないとです。
 
 とりあえず、野党に入れないでどうします? これからのニッポン!
 
 
 
 
 
 
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願わくば、穏やかで、ありたい・・・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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ここ、都会に近い田舎町に、誘われたように来て丸9年。 
のんびりと、さり気なく生きられたらという思いをいだいていたものの、
さり気なくどころか、ただ生きることさえ騒がしく、
いつになったらこの町に似合う、
心そぞろにして静けさの中に身を置ける日が来るのだろうかと、
じっとわが手を見つめてみるこの頃・・・。
 
 
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 なぜか孤軍奮闘水鳥のごとくは、上辺、なり。
 
 
 
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けれどもときには、黄昏の秋の森を歩いてもみたりして・・・。
 
 
道なき道を、歩く。。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
今、地元行政と、 とあることで闘っています。
詳しくはいずれまたですが、この国の実態のひとつ“甘えの構造”と“カラクリ”が
見えてきました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
そんな中、石畳と瓦の小道を造っていただきました。
あるものを、いただいた古いものを生かして、友人庭師とふたりで時間をかけてやっとここまで。
暑い日、雨の日。
そして今は、寒い中。。
 
 
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アートしまくりました。(笑)
さてこの道、さらに進化します。その先に、何が見えてくるのでしょうか・・・。
 
 
佐藤愛子さんのご本のタイトル「闘いすんで日が暮れて」ではないけれど、
その前に片付けなければならないことが山積で、
早くのんびりしたいと思えど叶わず。
それでもいつか、この小道に丸太の小椅子でも置いて、
日がな一日ぼやけていられる日が来ることを夢見る私です。(笑)
 
 
 
 
 
その実現には、この国のおかしな実態を見すごすわけにはまいりません。
小さな町で、小さなことで闘っています。
 
 
 
 
 
何でしょね、この私ったら。
 
 
 
 
はい、分かりません、自分でも・・・・・。
 
 
 
 
 
 
 
 

日赤旧社屋に恋をして

 
  
ひと目惚れです、日赤旧社屋。。。
 
 
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埼玉県比企郡嵐山町に、しかも日常のお買い物で週に1回は通る道の
ほんの少し奥に入ればこの建物があることを知ったのは、1年も前のことでした。
 
いかがです?
 
素敵でしょ?
 
 
 
 
 
時間に追われ、フェンス越しに撮った一枚が、これ。
子どもたちの元気な歓声を、やさしく受けとめてくれているような、この佇まい。
町立嵐山幼稚園園児たちは、なんて幸せなのでしょう♪
この建物は県の指定文化財でありながら、園舎としても活用されています。
 
都会では子どもの声=騒音(?)で、保育所反対の根拠になろうとしているようです。
環境に恵まれていないからとはいえ、子どもたちの声が「騒音」扱いされるとは・・・。
 
 
*      *      *
 
 
予告させていただいた小室等さんのコンサート会場が、この日赤旧社屋。
そして障害がある方々の、
内側から湧きあがるピュアな絵や創作物の展覧会会場でもあります。
 
今日、その隣の嵐山交流センターで、心地よい汗をかいてまいりました。
 
 
自彊術とは、自分の体は自分で強くするという大正時代から続いている健康体操で、
自分の手で自分の体をマッサージするなどして血行を促進し、
免疫力を高めることにより、病気に負けない体をつくることを目指しています。
私はまだ、10ヶ月の生徒。
いつもの教室がふさがって使えないという流れから、偶然出遭うことができた
これも気になっていた建物でした。
 
 
あるものを生かさないと、勿体無い。これ、私の口癖です。(笑)
明治・大正時代の建築家・山下啓次郎氏も、目を細めて上からきっと眺めているはずです。
 
 
 
*    *    *
 
 
 
会期中は
 
緑豊かな清流・嵐山渓谷も都幾川町・都幾山も、秋色に染まることでしょう。
 
お近くの方、そうでもない方たちも、
 
“都会の隣の秋” を、満喫しにいらしてくださいませませ。(*^-^*)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
わたしももしかして・・・、って、それは記事の最後に・・・。(*^-^*)
 
そんな思わせぶりはさておいて、フォーク界の重鎮・小室等さんのコンサートが
私の住む町都幾川の隣町・嵐山で開催されます。
ひょんなきっかけから、チケットの販売をお手伝いすることになりました。
 
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「ほほえむちから」
11月22日(土)
主催:社会福祉法人 昴 デイセンター ウィズ 
会場:日本赤十字社 埼玉県支部旧社屋
 料金:3,000円
 
小室さんに相応しく、力みがないのがいいですね♪
都幾川のおうどん屋さんでのコンサートが、懐かしく思い出されます。
 
 
なぜお手伝いしたいかというと、
障害のある作家さんによる美術作品の展覧会が、同時開催されるからです。
わたしはなぜか、若い頃からこの世界が気になって仕方がなかったのです。
 
イメージ 2
 
特異な才能の持ち主である知的障害のある方たちには、
底知れぬ才能が溢れています。
 
「生きているということ」
 
こちらは11月30日まで開催で、どなたでも無料でご覧になれます。
また会場となる日本赤十字社の旧社屋は、
明治時代の洋風建築としての魅力的で、貴重な建物。
埼玉県庁内から昭和58年に嵐山幼稚園の敷地内に移築され、
コロニアルスタイルのその美しさが保たれています。
 
古き良きものを大切にするって、と〜ってもナイスなことですよね♪
 
どうぞお近くの皆さま、小室さんのコンサートとともに
ほほえんで、そして“生きている”作品たちに出遭ってください。
 
都幾川で開催した小室さんのコンサートが、
社会福祉法人 昴さんと寧々房をつなげてくださいました。 
余談ですが、30日、日赤旧社屋の隣にある鎌形交流センターに、
健康体操・自彊術で行くのも何かのご縁でしょう。。
 
 
 
 
さて、
わたしももしかして・・・の謎解きですが(笑)、
ひと口に知的障害と申しましても実にさまざまで、
程度の差はあれど、どなたにもその傾向はあるのだそうです。
 
わたしにも、もしかしたらあるその傾向・・・。
 
その部分が、わたしに陶仏を創らせているのかもしれない?!
 
 
 
 
 
 
ふふ。
だからかしら、気になるのは。。。
 
 
わたしももしかして・・・?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
まともな国民の、声をです!!
 
 
 
 
 
ホント
 
 
 
怒らないで
 
 
 
どうする!?
 
 
 
 
 
 
 
追記
 
落合恵子さん、講演会場で、こう仰っています。
「ここに来ている方には、何も言うことはないかもしれない。
言いたいのは、ここにいない人たちにです」と。。
 
 
 
私も言います。
「14分と少しの時間を惜しむ人たちにこそ、
恵子さんの声を、聴いて欲しい」と。。
 
 
 
 
 
 
 
 

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