|
奈美と貴和子が辞めた前後にも4人が辞め、当初いた新人研修員20人は14人になっていた。
それでも新戦力は育ちつつあるわけで、奈美もその間に6件の契約を結んだのだからそれなりの貢献度
はあったと言える。14人の半分は要領のいい不真面目組。残り半分はしっかり業界に根付く気配濃厚だ。
その実績の評価が高いか低いかは、奈美の知るところではない。
たった7ヶ月の、言ってみればいい加減な仕事振りではあったにせよ、奈美にしてみれば同年代の同僚
たちとの時間はそれなりに楽しかったし、喜和子の代わりに日替わり指導員の同行があったりすれば、も
う少し続けようかとの思いも湧く。
会社側からすれば大事に育てた新人は、甘やかしてでも残したい。
それでも辞めたのは夫・等が原因だった
8歳年上の等はコピーライターで、小さな事務所を共同で経営している。多忙なことはいいとしても、
帰りは連日深夜に及ぶ。煙草は吸うが酒は呑めず、読書以外の趣味がない男だが、博識で優しかった。
料理を覚える前に結婚した奈美は大型書店をあっさり辞め、若くして専業主婦になった。花嫁修業同時
進行の。
しかし、1年もすれば退屈な毎日が待っていた。
“大人の男”に憧れての結婚だったが、外で見たその男は家の中では女心に疎く煮え切らない小心な男
に過ぎず、奈美の気持ちは簡単に冷めてしまう。
けれども、さりとて離婚を考えても煮え切らないのは同じで、親の反対もあっただけに、形だけの結婚
でも続けていくしかない。
そこで奈美の就職である。
始めはそれに寛容だった夫も、嬉々として楽しそうな妻の姿を見るにつれ、不機嫌な夫になっていく。
落ち着きなく、苛立ちを露骨に表したりもする。
やがてそれが、次第に夫婦の溝を作るまでになるだろう。
奈美は敏感に察し、夫を醜い猜疑心の塊にすることを避けるため、辞めたのだ。
貴和子に会わなくなって1年半が過ぎた桜咲く春の日の午後、奈美夫婦は等のスーツを新調するために
新宿のデパートに出かけた。デパートは春の商戦たけなわでやたらピンクに溢れている。入り口はスクラ
ンブル交差点さながらで、人の流れが定かでない。
そんな中で奈美は、喜和子を見たと思った。
群衆の中に背が高くひときわ色の白い女がいた。奈美は確信した、貴和子だと。
近づいてみた。
ん? どこか違う。 別人?
目が違う。
鼻が違う。
顎が違う。
けれども、やっぱり貴和子だった。
女が髪をかき上げたときの美しい指と、何よりも額のほくろに見覚えがある。
だが次の瞬間、声をかけようとして別のあることに気が付いて足を止めた。
連れがいたのである。男の・・・。
つづく (次回が最後)
|