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「臥龍山荘」 完成いたしました。
いきなり余談ですが・・・。
木蝋と絹の交易で富を得た、明治の貿易商・河内虎次郎という方が、何とも粋な贅を雅に凝らした建物
『臥龍山荘』←クリック を、明治四十年に完成させていたんですね。
愛媛県大洲市の文化財に指定されて久しい、見事なまでに詫び寂の世界です。
う〜〜〜〜〜ん、行ってみたい。。
で、表札「臥龍山荘」ですが、陶板は大きいとそれなりの苦労がありまして、本焼き二度目での完成に相成りました。
なぜ本焼き二度かと申しますと、一度目の本焼きで左上角に亀裂が入りましてございます。><;
ですが、よ〜く見ませんとわかりません。
あ、じっと見つめなくていいですから〜(笑)。↑
↓って、見せちゃいます(笑)。
この亀裂が完成品まで目立たなくできた工程はというと、
角の丸いボタンみたいなものは壁に固定するビスを隠す蓋
ですが、まずそのスペアを粉状にして根気よく埋めました。
それでも痕跡は残ります。
それをさらに目立たなくする方法として、土灰をふるいでまぶし
たのです。
それが功を奏して、左の一度目の本焼きより味のある仕上がり
になりました。^^v
ところどころ金色に見えますが、茶そば釉が濃いと金茶になります。自然光ではこんなに光りません。
この表札、前にご紹介させていただいた安達籐九朗のご子孫で、都幾川で古民家再生のお仕事を半分ご趣味でなさっていらっしゃる安達勝治さんとの出会いから生まれました。
そんな流れから、実は大変興味深い驚きのことを知ったのです。
それが、国宝裏話です。本題です。^^
安達さんはお家柄、明治・大正・昭和のお宝をたくさんお持ちです。
ところがそれが目下頭痛の種で、その整理に頭を抱えておいでです。安達さんには、古い倉庫を壊して老人施設を作りたいという夢があります。で、その倉庫に長い間放置されているお宝を処分して建築資金を捻出しようと思い、それらの蓋を開け始めたら、何と国宝級の掛け軸やら書やら絵画・彫刻がわんさか出てきたのだそうです。
さてそれをどうしたものか骨董商や美術館にも問い合わせたところ、美術界の裏を知ることになって、
安達さんは意気消沈。国宝級のものはほぼ寄贈がお決まりごとで、修復代に大枚かけても一円のお金にもならないどころか、3〜5年展示された後は、哀しい結末が待っていることがわかって・・・・・。
はぁ〜、そんなものなんですねぇ〜と、ため息つくのは何も私だけではありません。
いや、はや、でございます。。
言ってみれば、そのクラスの美術品の買い手はほぼつかず、管理は難しいうえ、数も多いということなのだそうです、現実は。。
そこで安達さんは考えました。だったら、大事にしてくださる個人の方にお譲りしたい、と。それも、その方が手に入れたい金額でと。これは恐らく、苦渋の選択だったに違いありません。
2日前の11月30日、安達さんの鎌倉山荘に「臥龍山荘」をお届け方々、私は雪舟と大石内蔵助の直筆の掛け軸と、高村光雲の銅版を見せていただきました。本物です!
これから鎌倉山荘にそれらの一部が展示される予定です。
本物をご覧になりたい方、一度お出かけになる価値はありそうですよ〜。^^
長い間眠っていたお宝たちは、きっと、良い “ご縁” をお望みではないでしょうか・・・。
私は、そう思います。。
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2012年12月02日
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