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妙義山を抜けると、山の色が一気に濃くなる。 熟れた紅葉の色が、パノラマ状態で目の前に広がる。 昨日(10日)快晴の下、お掃除仲間&その他8人で長野県東御(とおみ)町までドライブに。 熟れる秋のど真ん中、歩いてきました。 芸術むら公園内の「梅野記念絵画館」へのアプローチ。 山を愛し、38歳で谷川岳で遭難死した犬塚勉氏の絵画展を観るのが目的でした。 見たままの自然を再現したその繊細な筆致は、ただただ感動でした。 ご紹介できないのが、痛く残念。 落ち葉に埋め尽くされた赤松林の中、木道の優しさに触れながら歩く。 館内から、目の前に広がる明神湖。 かすんで見えるのは、浅間山の稜線と月。 そして国道18号線の反対側、芸術むら公園から車で15分ほどの「海野宿」へ。 豪商・海野一族が興した北国街道随一のかつての宿場町で、 4百年近く続くこの美しい町並みは、今でも生活をしていることで保たれている。 3回目の、ここ。 かつては人知れずの感でしたが、今では観光バスも・・・。 こんな風景が、ふつーに残っているんです。 何をか、想う、ですよね・・・・・。 例えば、哀愁とか。 ・・・旅。 そして今日の、この雨。
山は一気に、冬のはじめの装いを、急ぐかもしれない。。 |
旅の途中で
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今回の旅の顛末、最終回です。 まずは皆さまに、ここまでご覧いただいたこと、心から感謝です。 最後に私の仏像作りの、ちょっとした“不思議”に触れて、終わりといたします。 古民家ギャラリー「寧々房」は、埼玉県比企郡ときがわ町(旧都幾川村)にあります。 地名さえ知らなかった私がここに辿り着いたのも、何かのご縁でしょう。 それははじめ、漠然としたものでした。 が、その後あまりにも多くの偶然があり、いわゆる世間の狭さを如実に感じたりもしていました。 しかし、その一言では片付けられない驚きの事実が、屋敷の一部をギャラリーとしてお借りできた このM邸にはあったのです。 ▼M家は、慶応2年の武州世直し一揆(秩父事件)で襲撃されたほどの名家でした。 ▼この2階家は、元門番さんの家。ギャラリーとしてはこちらがメイン。 ときがわ町の伝統行事のひとつに、五穀豊穣を願う「ささら祭り」があります。 毎年10月に催されるこの祭りは、かつてM家が主催していたもので、 今でも、敬意を表して屋敷の前で獅子踊りが舞われている。(写真:高荷氏提供) ●この祭りが何と、江戸初期に比叡山下・坂本村から伝来されたと知ったときは、 体中が一瞬にして総毛だったものでした。 ●都幾川には、坂本から移住された「坂本さん」がいらして、村長さんをなさった方もおいでです。 加えて僧職に就かれた方も・・・。 これには、大いに驚きでしょう? 私は、こう考えました。 私の仏像は長い時間をかけてやっと形になり、 そしてようやく、坂本から都幾川に辿り着いたのかもしれないと・・・。 だって、絶対無理と誰もが言っていた家が 仏像の写真をお見せしたときになって、やっとOKをいただけたのですから。 今仲間たちとのボランティア活動のお寺のお掃除は、 かつて「東の叡山」とまで言わしめたことのある天台宗のお寺であることも併せれば、 ね? 不思議と考えてもおかしくはないでしょう? 不思議、大好き。 不思議って、面白い。 そう思って生きると、人生がより楽しめる。(ちょいと、ご都合主義?!) 私が都幾川に辿り着いたのにはちょっとした訳がありまして、 表向きは優雅でも、実は、水面下ではせかせかと水を掻く水鳥のごとくなんですよ。^^ 台風がドラマチックなら、人生もドラマチックです! え? 何がドラマチックかって? それは、内緒で、ございますでしょう。うふ・・ 人生ミステリアスが加わると、もっと面白くなりますからね〜〜。^^ あ、言い忘れてました。西教寺のこと。 そのすぐ近くにある、とある僧坊を訪ねたときに、その主のごく近しい方が 「家に仏像が・・・・・」と仰ったのでした。 そしてその足で行ったのが、西教寺。 そこにお経を唱えるだけの、おばあさんがいらっしゃった。 30年たって、それが引き継がれたのか、今は念仏尼僧さまがおいでに・・・。 その方が私の手を握ってくださった途端、なぜか、涙がこぼれて仕方がありませんでした。。。 おしまい * * * 最後に、屋久島を楽しませてくださったMさんご夫妻と、 旅のパートナー、素敵な山女・U.多美子さんに、心を熱くして、ありがとう!!! 皆さまにも、改めまして、ありがとうございました。 |
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▼台風の置き土産のような琵琶湖上空の空は、美しく爽やかでした。 今回の目的はひとつ、比叡山へ、坂本へ・・・。 ▼暮色に染まりつつの、日没前の琵琶湖の顔をホテルから。 ケーブルで比叡山に上る。運転手さんの後ろの席を陣取る。 ▼なんかいいよね、ケーブル。 ▼根本中堂周辺の秋の色は、まだ、ほんの。 そして比叡山から坂本に下りて、『不断念仏時・西教寺』へと歩く。 西教寺…。ここには30年前に訪れたときの、鮮明な記憶がひとつある。 当時はすれ違う人もなく、伽藍の中はひたすら静かで、ひっそりとした寺であった。 音といえば、小鳥の声と、老婆が唱えるお経の低い声。 本堂の中央に、ぺたんと小さく座る老婆は、 「こうして毎日、ただお経を唱えているだけでございます」と仰って…。 * * * 比叡山下・坂本。 ここは、私の仏像作りのルーツです。 「仏像が家にひとつあると、とてもいいのよ」と言われたのが30年前の夏。 そして20年後、仏像を作れる環境が整ったとき、 不意にその言葉が甦ったのでした。 ▼そして出来たのが、この処女作です。 仏像を作っていなければ、 恐らく「古民家ギャラリー寧々房」は存在していなかった、かもしれません・・・。 このつづきは、次回の最終回で。。。 ★アップまで、少しお時間をいただきます。m(__)m ゴメンナサイ
久々の作陶で、元気貯金が底をついてしまったので・・・。 |
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屋久島に関心のある方でしたら、一度は目に、耳にしたことがあるでしょうの『送陽邸』。 飛び切り美しい夕陽を見送れる場所として、その名が付いた。 3日目の宿は、そこ。 移築した屋久島特有の古民家で、屋根には台風に備えた大きな石が整然と並べられていて、 まるで、砦のよう。 民宿・ブルードロップで迎えた朝は、台風のご到着! そんな中、Mさんのお迎えを受けて、島最南端に位置するお宅にお邪魔する。 素晴らしく美味しい手作りのフルーツティーなどをいただきながら、しばし歓談。 ▼“苔のような”時間・・・。 さてと、これから4人で送陽邸まで2時間のドライブ! Mさんは動じず、不安を全く感じさせない運転は、う〜〜ん、さすが。 * * * 送陽邸客室には、テレビがない。 潮騒を聴いて、ゆっくりのんびり過ごさせるのがこの宿の流儀。 しかし、台風下の潮騒は雨の音より激しく、歩けるはずの海岸を窓から眺めるしかない。。 女2人、座禅の真似事などもしてみる。 ・・・と、雨が止んだ気配。 テラスに出る。 すると下から、「お客さ〜ん、夕陽! 夕陽〜! すぐ降りてきて〜〜〜!」と大きな声。 女2人、浴衣の裾を翻して、走る走る。 山女・T子は、早い早い。私は必死で付いていく。待って〜〜! ▼そして、この夕陽! 台風は、去りました。 明日は、晴れよ〜〜〜♪ ▼翌朝6時の、朝陽と浜辺と白い波。 * * * ▼屋久島から伊丹まで、飛べるかな〜のプロペラ機。 心配は杞憂でした。 台風は一気に加速して遠ざかり、風に乗って10分も早く到着しました〜。(^-^)v そしてバスで京都入り。琵琶湖湖畔のホテルへと直行。 最終日、比叡山・坂本へ。 私の仏像作りのルーツへと行く。なんと、30年ぶりに。。。 つづく |
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2日目(6日)朝、予定では4時半起床で行くはずの縄文杉は、勇気をもって断念。 孤高の巨樹とのご対面はかないませんでした。 無理は、しない! よもやの事態に遭遇して、仮に活字にでもなったとしたら、 “無謀な・・・”というキャッチフレーズが付くに決まってるわよね、とは2人の弁。 ならばと、前日手配したレンタカーで、目指すは「ヤクシマランド」。 一歩足を踏み入れれば、そこには3千年クラスの屋久杉がそこかしこにいてくれる。 これも、Mプラン。 * * * 山道運転、大好き! go! ▼まずは「紀元杉」にご挨拶。ヤッホー! ▼ここは木霊の、散歩道? ▼そして人は、こんなところを。 ▼仏陀の横顔に見えますか、「仏陀杉」。 語るより“見て〜”で、いいでしょう? 途中でお弁当食べて、疲れ知らずのたっぷり2時間の散策でした〜。(*^-^*) * * * レンタカーを無事返したところでMご夫妻と合流。 2日目の宿「ブルードロップ」へ。 途中で、お肌つるつる温泉に寄りました! お2人をご招待で、2度目の会食。 台風前のおとなしめの雨とはいえ、その中を大いに楽しんできた私たちにご夫妻は、 またもや安堵の笑顔。そのかげに、珍しいものでも見るような、目が・・・。(^-^) * * * さあ、明日が問題。 中心がずれるとはいえ、 台風の本番は、これからですからっ。。 つづく |



