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花ひらく工房
ただの小器用が創った焼き物の仏像“陶仏”の世界へ、ようこそ。そして、戯言の世界にも…。&脱原発!

書庫短編で ひまつぶし

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他人の顔 5

 東京の私大を出てすぐにお仕着せの結婚をした貴和子は、バージンを捧げたのも夫ならその後の対象も

夫のみで、結婚生活3年で子供もできず、いささか退屈気味で欲求不満気味なのであった。

 奈美にしてもまだ1年で、経済的に余裕があったにしても外に出るということは、そこに退屈がある

からに他ならない。
 


 奈美は煙草を吸う。貴和子はその影響で、たまに悪戯をする。ふたりして、煙を横に吐き出した。

 「貴和ちゃん、最近わたし、結婚したことを後悔しはじめているの」
 
 「え〜何で〜? 奈美ちゃんの旦那は優しくて、いい人だって言ってたじゃない」

 「まあね。その通りよ今も。でもね、何かが違うのよ何かが・・・」

 「何かがねえ・・・。わかんない」

 「貴和ちゃんみたいに明確な不満があれば、はっきり嫌いになったと言える。けど、それができない。

  何かが足りないってやつよ。“大人”が好きでわたしの方が先に接近したのに、今はその“大人”振

  りが鼻について、いや。カッカと熱くなったの見たことない。それに冒険心ていうのが、まるでな 

  いの。石橋を叩いても叩いても渡らない男って、魅力ないでしょう?」

 「軽薄な男よりは、いいと思うけど・・・」

 「軽薄な男は初めから論外でしょ!」

 「あ、はい。すいません」

 「わたしねぇ、もう彼を、愛せないのよ」

  ただ噴かすに近い貴和子が、先に煙草を消した。

 「1年で〜?」

 「1年でもよ」

 「へえ〜〜〜。で?」

 「離婚、したい」

 奈美はランチセットのコーヒーを、ひと口飲んだ。

 「ま、待って。離婚するならわたしの方が先よ。こっちはもう交渉に入っているんだから。もお、あい

  つったら対面ばっかり気にしてるから、ちっとも話が進まない。いくら愚図のわたしでも、にわか願

  望の奈美女史に先を越されてなるものですか。ようし、こうなったら行動あるのみ。家出する家出。  

  わたし、するわよ、家出!」

 「え〜〜、本気〜?」

 「本気も本気。明日にでもドロンして、あいつをピーピー泣かしてやる。わたしだって10年に一度く

  らいは、本気出すのよ」

 火に、油を注いでしまった。

 「ようし、決まり! 今日はこれで帰るわ! 準備しないと!」

 
  

 そう言い放つと貴和子は、自慢の長くて美しい指で真っ白なナプキンを1枚抜くと口元を拭いた。

 そして一大決心をしたかのように唇を一文字にしたあと、奈美を見てにっこりと笑った。


 「じゃあね!」

 と手を大きく振ると、貴和子はどしどしと靴を鳴らして、店を出て行った。







 貴和子が3日続けて休んだと思ったら、案の定辞めてしまった。

 女研修所所長からそれを聞かされて、予想はしていたものの相棒がいなくなった穴は埋められず、奈美

はすっかりやる気を失くした。薄情にも、貴和子からは電話一本もない。

 その後惰性でしばらく続けてみたが、もともと勧誘などの仕事は性に合わず、奈美も喜和子の後を追う

ように辞めてしまった。







つづく (あと2回)




 

他人の顔 4

 
 デパートの特売場に行くと貴和子は、店員の目を盗み “成すこと3倍” の人とは思えない手際のよ

さで、あっという間にいつもの顔になった。自分の欠点をカバーし、美しく見せるためには努力を惜しま

ない女の姿を見た気になった奈美は、可笑しくて仕方がない。奈美は、見張り役を買って出た。




 ふたりは今いつものレストランにいる。本日の日替わりランチは、酢豚。

 口紅だけは自前だから、貴和子は元気よく朝食抜きの胃を埋めにかかっている。料理下手を自負してい

る彼女は人の手による料理は何でも美味しいと言い、その健啖家ぶりは見ていて気持ちが良いほど。その

くせ好き嫌いも、人の3倍。

 貴和子は奈美の皿にピーマンをせっせと運んでいる。テカテカしたプラスチックみたいな色が気持ち

悪いと言う。同様にナスも、あの鮮やかな紫が植物として認めがたいのだそうで、鶏肉が嫌い、牡蠣が嫌

い。梅干も、たくわんも、メンチコロッケも大嫌い。

 まったくどんな育てられ方をしたんだ、と言いたくなる。

 
 福井生まれの彼女の実家をたどると、加賀百万石の前田家の直系に突き当たる。それが事実だとしたら

世が世なら、彼女はお姫さま? その一方婿さまは石川県で、これも前田家ゆかりの名門の出。こちらは

家臣というから、身分は女房の方が上ということか。何はともあれ、ともに裕福な家で育ったことだけは

間違いないらしい。

 だからではないにしろ、貴和子は夫のことを軽んじている節がある。

 公務員の安月給取りだから女房が働かなきゃいけないは口癖で、自分を棚に上げて、昼行灯みたいにい

つでもボーっとしてるとか、ジャガイモみたいな顔してわたしをハンペンなどと言うとか、服装のセンス

が悪い、グラスを持つと決まって小指を立てるなどなど、数え上げたら切りがない。挙句の果て、ああ、

この目がもう少し大きくて、この鼻がもう少し高く、そしてこのエラさえ張っていなければ、お見合いな

どでなく、大恋愛の末もっといい男と結婚できたのにと嘆くのだ。

 見合い相手として夫を選んだのは、蚊を雀呼ばわりする、あの叔母である。



 何ひとつ取り得がないかのごとく欠点を並べておいて、そのくせ夫婦でラブホテルとはどういうことと

奈美が詰め寄れば、最大の理由は家が遠いことで、10時を過ぎるとローカル線の最終には間に合わなく

なり、タクシーを使うより安上がりで、その日はなんと、別れ話をした挙句つい遅くなったのだと言う。

 「でも、ホテルへ行けば、あったんでしょう?」

 奈美の好奇心が働く。

 「だってあいつったら、欲望の塊と化すんだもの! あの巨体でしょう? 強姦よ、強姦。そのくせ弱 

  いのよ! 早いのよ! あーもういやいや、あんなやつの顔見たくもない。世の中にはいい男がわん

  さかいるっていうのに、あんな亭主ひとりと一生だなんていやいや。不幸だわ。不公平だわ。ねえね  

  え、奈美ちゃんは何人知ってるの?」

 と、お姫さまらしからぬ発言をする。

 「ええ〜、そうねえ、旦那以外に、う〜〜ん、だめだめ、言わない」

 「あ〜、知ってんだ〜。教えて。言って!」

 「言わない」

 「言って!」

 「言わない!」

 「あ〜〜〜、何てわたしは不幸なの! 何て不公平なの!」









 つづく (これから後半、あと3回)




   
  

他人の顔 3

 

 指導員の後ろに隠れるようにして回った2ヶ月が過ぎた頃、奈美たちもようやく訪問先にも通い慣れて

きた。男性社員の多いその会社では、若返った勧誘員を好奇の目で見ながらも、昼休みのそんな光景はす

でに慣れているのか、全く意に介さない者たちもいて、新規契約は難航した。


 それでも思わぬ契約がふたりとも取れたのは指導員のお陰で、正確に言えば指導員がすでに取って

あったアポで、いわゆる補填であった。

 しかし、そうこうしているうちに月1件のノルマが容易に果たせるようになってくると、そこに早くも

緩みが出てくる。要領よくサボろうと画策する面々が現れてくる。真面目不真面目が、出る。

 奈美と喜和子も、後者。貴和子ご執心の若い指導員・梶浩介が同行のときは、ふたりしてそそのかす。

 喫茶店に入るは映画は観るは、ボーリングまでしてしまうという不届きさ。25歳の彼女たちと、23歳の

指導員といえども 「おいおい」 である。




 そんな半年がたった夏のある日、貴和子が1時間も遅刻してきた。ハンカチで顔の半分を隠している。

 「貴和ちゃん、どうしたのよ」

 椅子に座って小さくなっている貴和子に奈美が聞いた。

 「昨日、泊まっちゃったのよ、ホテルに」
 
 貴和子は奈美の耳元で囁く。

 「ええ? 誰と」

 「亭主よ。決まってるじゃないの」

 「どうして亭主とホテルなのよ」

 「帰りに会って、呑んだわけよ。そしたら終電なくなっちゃって、仕方なくホテル。ホテルはホテルで

 も、ラ・ブ・ホ・テ・ル」

 と、派手な印刷の割引券を見せる。

 顧客の生年月日に基づいて作られるバイオリズムとか、平均寿命まで生きた場合の生活設計なるものの

グラフにマーカーで色づけをしていた奈美は、横目でチラリとそれを見てから喜和子の顔を覗き込んだ。

 スッピンである。貴和子は慌てて続けた。

 「奈美女史、これからデパートの特売場に付き合ってくれない?」

 「何でよ」
 
 奈美は素っ気ない。

 「お願い。この顔何とかしなきゃ。お化粧品持ってないから、特売場のサンプルで間に合わせるのよ。

 百円化粧品で。どうせ資料作り3倍だから、今日の仕事は、なし。ね、いいでしょ?」
 
 「もお、しょうがないわね。どうせわたしも生理中でパッとしないから、ま、いいっか」



 この頃になると指導員の同行はなくなっていて、ペアふたりだけの行動となる。

 「行ってきま〜す!」

 若い勧誘員たちは、元気よく外へ行くのであった。





 つづく





  


 
 

他人の顔 2

 




 そんな喜和子を奈美が知ったのは、専業主婦満1年の退屈しのぎに応募した職場でだった。


   就業時間午前10時〜午後3時まで、週休2日

   給料固定、経験不問


 の新聞広告に応募して採用された20歳から30歳までの主婦20人の内のひとりで、1ヵ月の研修後

組まされたペアの相手が彼女だったのだ。


 大手生命保険会社・渋谷支店道玄坂支所の研修所は、職種の内容を電話で確認したにもかかわらず、結

局は保険の勧誘が目的の営業であった。電話ではやんわりと勧誘業務ではないとほのめかし、いざ研修に

入るとじんわりと勧誘のテクニックを骨の髄まで教え込む。

 つまり、おばさん勧誘員から若い勧誘員へとイメージを刷新するための、新戦力を養成する研修所だっ

たのである。

 


 保険の勧誘員=おばさんというイメージが定着している業界のなかで、この研修所内での若い新戦力た

ちは、まるで腫れ物に触るように大事にされた。

 初めは話が違うと反発を感じながらも、そこに「ま、いいっか」と容易に気分を転じてしまえるムード

があったからかもしれない。採用された主婦たちは、当面誰一人落伍するものはいなかった。会社側もこ

の新体制に鷹揚な構えでいたし、現役おばさんたちとは隔離された無菌室状態で大事にされれば無理もな

い。

 「ま、いいっか」 が、いつの間にか 「いいんじゃない」 になっていく。


 それはこの業界の、というよりこの保険会社の業績アップのための苦肉の策で、しかもその第一期生と

あらば、何としてでもこの若い芽を培養しようという会社側の目論見なのである。

 また主婦たちも、同じ勧誘でも戸別訪問ではなく、すでに団体契約を結んでいる会社の昼休みのみの訪

問であり、しばらくは指導員同行とあって、いわゆる勧誘員のイメージを持たないですんだ。

 しかも同行する指導員は、若い男ときている。

 会社側も、やる者さる者である・・・。

 

 この時点では主婦たちも会社側も、それぞれの思惑に希望を抱いていたはずであり、何はともあれ

奈美と喜和子の新しい仕事は、こうしてスタートした。




つづく






 

 




   

他人の顔 1

ちょっと笑える、軽〜いお話です。
見渡せばあなたの周りにも、こんな人がいそうで、いなさそうで・・・・・。 o(^ー^)o





 他人の顔  1


イメージ 1 


 奈美の友人である貴和子に、

「雀みたいな蚊がわたしの脚に咬みついて、わたしの血を半分吸っていった」

 などと、平気で言う叔母がいることが少しも不思議でなくなるのに、10日とかからなかった。

「てめえら、そんな高いところで空気吸ってんじゃねえよ。空気が薄くなるわ、ったくよー」

 終電を待っている深夜の駅のホームで、酩酊状態の男にこう絡まれる程の巨漢夫婦の妻のことである。

 
 何事もオーバーに言わないではいられないのは、血筋なのだろうか。本人に言わせれば、その叔母と自

分は、色の白いのだけが取り柄のコンプレックスだらけの女なのだそうで、顔の面積に比べすべての部品

は、確かに小作りである。そのひとつの目を、精一杯見開いて喋るのが、彼女の癖だ。

 奈美は思う。色の白いのは十分に取り柄であると。そのうえ貴和子の肌は、絹のように滑らかでもある

のだから。

 だがこうも思う。仮に喜和子の肌が黒かったとしたら、いえ、日本人の並の肌色であったとしたら、少

しでも大きく見せようとして引いた太いアイラインや、少しでも高く見せようとぼかして引いた2本のノ

ーズシャドーも、さらに顔の面積を少しでも小さく見せようとして塗った、唇からはみ出たローズピンク

の口紅も、きっとひどく下品に映ったに相違ない。


 どうやら色の白さは、最後の一枚ですべてのカードをひっくり返すくらいの威力があるものらしい。

 その威力を存分に手にしている貴和子ではあるが、彼女の魅力はむしろ、その性格にあると言った方が

いい。体が大きいと、やること成すことすべてが緩慢で、大雑把。正しく彼女はそれに当てはまる。


「わたしはのろまで不器用だから、何をやっても人の3倍はかかるの」と本人が言うように、確かに何を

やってもやらせても、遅い。しかし一生懸命やってのそれだから、周囲は憎めない。


 要するに貴和子は、おっとり育った我がままなお嬢さんなのである。






 つづく










       

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