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花ひらく工房
ただの小器用が創った焼き物の仏像“陶仏”の世界へ、ようこそ。そして、戯言の世界にも…。&脱原発!

書庫この国とこの町の憂鬱

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泣いちゃうよね。。
 
 
 
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                                       3月9日の東京新聞
 
 
 
 
 
 
 この「ふくちゃん」、 復興の希望だったのに、
 
16日、天国にいってしまった。
 
今頃きっと天国で、お母さんと一緒,よね。。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
音楽の力で若い方に、
とくに屋外で活動の機会が多いアスリートたちに伝えたいことに
妨害が入っています。
 
広がりの目安であるカウント数が
止められました。
 
若者の未来を奪うことは、この国の未来を奪うことです。
 
ネット社会を監視することを請け負った会社で
この作業をなさるあなた、
 
あなたに良心は、ありますか? 
 
 
 
 

 
         
フライング・ダッチマンの歌の検索数220,864になりました!
どんどん増えてます! 228,631(11.12.6)
 
  
236,224(11.12.07)
244,886(11.12.08)
250,122(11.12.09)
251,616(11.12.10)
256,935(11.12.11)  
256,935(11.12.12) 
前日と同数。カウントを止められたのか?!
 
 
256,935(11.12.13)昼間
カウントを完全に止められました!
ですがまだ、聴くことはできます!
 
これがこの国の、実態です!!
 
 
 
 
皆さん、復帰してます!
その間、これだけヒットしてました。
267,257(11.12.13)深夜
通じたのでしょうか!?
 ですが、編集の妨害がされています。
 
 
 (`〜´)
 
 
こういう方たちにも、心の葛藤はあるのでしょうね、きっと。
 
 
 
 
482,196(12.7.12現在)
 
 
 

どんな卑怯な手段を使ったとしても、お母さんたちは動き始めています。
埼玉県比企郡の活動の中の母親の
子供たちを守ろうとする、必死な声です。
「アレクセイと泉のはなし」の本との出会いを提供してくださった、
友達からの情報です。
 
お母さんたち、読んでみて。
そして行動してみて、小さなことからでも。。
 
 
 
 
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以下は転載内容の一部です。

東松山市、嵐山町、ときがわ町はいずれも、問題意識を持った親たちが、
講演会・学習会・しゃべり場、市町への要望書、署名集め・・・と動いています。 
そして、滑川町も!
 
 
 
 大人の人にやってほしいのは
●やりはじめたことの責任をとること。
●前の人のやった無責任を、解決するようにがんばること。
●こわれてしまった自然を、元に戻す努力をすること。
●それから、これ以上自然をこわさないこと、です。
 
子供たちの声です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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ぼくの名まえはアレクセイ。
ベラルーシという国の、ちいさな村に住んでいる。
家族は、父さん母さん、ウマのルイシックに、イヌのワウチョック。
そのほかにも、仲間たちがいっぱい。
 
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1986年4月26日のこと。
その日、チェルノブイリの原子力発電所が、爆発事故を起こしたのだ。
ぼくの村は180キロ離れていたけれど、見えない放射能で汚され、
もうここには住んではいけないと言われた。
 
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村に残ったひとたちにわけを聞けば、だれもがこんなふうに答える。
「放射能は降ったけれど、ここにはきれいな泉があるからね」
「この泉の水は、百年もかかって地上に湧き出てきたんだよ」
「この泉は奇跡さ」
 
ひとも動物も、野菜も木も、みんな水を飲む。
村の生きものみんなが、もらっている。
この水は、いのちの水。
 
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原子力発電所ができると、生活がもっと豊かになるって教えられた。
でも、ぼくの村は、ほんのすこしの電気でとても豊かだったし、
いまでもみんな満足している。
 
この村には、いのちが育つのに必要なものは、なんでもそろっている。
ただひとつ、
要らないものは、人間が作った放射能だけ。
 
村の人たちは、まだまだ元気。
けれども何十年か過ぎたあと、ここに住んでいるのは、
ぼくだけになっているかもしれない。
 
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泉は、春も、夏も、秋も、冬も、
朝も、昼も、夜も、湧き続けている。
 
泉の水がぼくの中を流れ、ぼくをここに引きとめている。
 
何十億年もつながっている、いのちのくりかえしを、
泉は、ずっと守りつづけている。
 
 
●ブジシチェ村・放射能汚染調査 (単位:キュリー/km2)
パーティーの広場・・・・・・6
ジャガイモ畑・・・・・・・・・・10〜12
学校跡地・・・・・・・・・・・・・20
薪を取った森・・・・・・・・・・60〜150
泉の水・・・・・・・・・・・・検出されず
(2001年5月19日 ロシア・チェチェルスク保険局測定)
* キュリーはCiと表記する。 1キュリーは3.7×10の10乗ベクレル(Bq)に等しい。
 
 
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「アレクセイと泉のはなし」
写真と文:本橋成一 アリス館発行
 
この本を知ったのはこの夏のこと。
そして最近、ネットを通して以下のツイートとブログに遭遇。
(文章は原文を短くしています)
で、思いたって写真と文の抜粋をさせていただき、記事にいたしました。
(掲載には、許諾をいただいています)
 
 
チェルノブイリで神秘の泉は、なぜ汚染されないのか。
恐らく、地下の鉱物からの波動を受けて出てきた水なんです。
波動が、放射能除去を立証することで証明されたんだ。
 
 
 
チェルノブイリの原発事故のあと、命の泉を守った長老たちがいる。
逃げずにその泉をどうやって守ったか。
祈りです!
信じる人と信じない人が、どのぐらいの割合でいるかわからないけれど、
もしちょっとでも信じてもらえるんだったら、朝、まずフクシマが穏やかに
眠りにつきますようにって祈ってほしい。
 
僕たちが使った放射能じゃないですか。電気の元だから。
それが、愛と感謝の思いによって消滅し て、無毒化するようにという祈りで、
何とかみんなで力を合わせて、次の世代に伝えてもらえたらなって思います。

 

 
私は、祈りはじめました。。
 
『みんなで心から真剣に祈れば、目に見えない大きな力が働く。
 その代わり、自分の代ではできると思うな』
 
そう言われて、私はあることを進めています。
目に見えない力に、後押しされて・・・。(^・^)

 
 
 
 
 
 
 
 

収入は10分の1。それでも『命』を守りたかった」

山本太郎(俳優)インタビューです。

この勇気を、もっと・・・。

オルタナ 12月8日(木)10時46分配信
これまで参加したデモの数は「数え切れない」という。
福島第一原子力発電所の事故後、いち早く「脱原発」宣言をした俳優・山本太郎氏。
事務所を辞めて収入は10分の1に減ったが、「人間に戻った」感覚を取り戻せたという。
脱原発デモに参加するなど原発の危険性を訴え続ける山本氏に、その真意を聞いた。
                                         (聞き手・編集部=吉田広子、赤坂祥彦)

■きっかけは大震災、グリーンピースと母

――原発やエネルギー問題に興味を持たれたきっかけは何でしょうか。

山本:2011年3月11日に起こった東日本大震災です。それ以前は、原発については、発電で生成される核のゴミを地下に埋めて100万年単位で管理しなければいけないという程度の知識しか持っていませんでした。

震災以降、国際環境NGOグリーンピースのホームページなどに掲載されている情報を調べ進めていくうちに、原子力発電は持続可能なエネルギーではないと気付きました。

――グリーンピースをご存知だったということは、元から環境問題に対する高い関心があったのですね。

山本:僕の実家では寄付を行うのが当然という環境でした。お年玉のうち、いくらかは親に徴収されて、ユニセフや赤十字への寄付にまわされたのをよく覚えています。

8年前に母が「良い寄付先を見つけてきた」というので話を聞いてみました。それがグリーンピースでした。当時はグリーンピースに対しては捕鯨に反対している環境団体という程度の知識しかありませんでした。

それまでは自分の中では捕鯨反対をしている団体に過ぎなかったグリーンピースが、海洋生態系や森林の保全など多岐にわたる活動を展開していることも、企業にアプローチし、実際に状況を改善してきたことを知りました。

母は「人道的支援に対してはお金が集まるけれど、環境問題に対してはお金が集まりにくい」とよく言っていました。だからこそ、僕はグリーンピースに寄付しようと決めました。核についても8年前に出会ったグリーンピースのホームページから気付きを得ました。

ただ、当時28歳だった自分は、エネルギー問題について声を上げづらい立場にいました。自分の仕事に影響があると分かっていたからです。映画「バトルロワイヤル」を撮り終えた2年後です。仕事は順調でしたし、コマーシャルにも出演していました。社会問題に対して、声を上げるには、失うものが余りにも多いと感じていました。

■脱原発宣言することで「人間に戻れた」

――初めて「脱原発」を主張した時はどういった心境でしたか。

山本:怖かったです。勇気がいりました。発言すれば、確実に仕事がなくなるのは目に見えていましたから。食いぶちがなくなるのは一番怖いですよ。でも、いい役者になるという夢も同時にありました。そのためには10年後も生きていなきゃいけない。

日本は地震大国で、僕たちは地震活動期に生きています。それなのに原発は稼働している。国は国民の命を見捨てているとしか思えません。今後、日本人が生き延びるためには、原発を止める以外ありません。

仕事がなくなる。それでも声を上げるべきか。それができるのか。僕自身も毎日、自問自答を繰り返しました。

「お前は上げるべき声を上げずに、今の生活を守る気か。それは、原子力推進派や、自分の利益のために嘘の情報を流している人と同じじゃないか」。その問いを自分に投げ続けました。そして4月9日にツイッターで原発反対を表明しました。声を上げた瞬間、「人間に戻れた」と感じました。

――その後、事務所を辞められましたね。

山本:原発反対を表明したわけですが、ツイッターで意思表示をしたり、デモに参加したりする程度で、派手な行動は起こしていませんでした。取材陣が待ち構える中で、闘志を剥き出しにして、抗議をするようになったのは文科省前がきっかけです。

要は、被爆限度を1ミリシーベルトから20ミリシーベルトまで引き上げて、子どもたちに危険を押し付けた。子どもたちの感受性は大人と比べて3〜10倍です。子ども達に与えた毒の大きさ。平気で子どもたちの命を犠牲にするやり方に我慢ができませんでした。

■僕が失ったものは「収入だけ」

――「脱原発」宣言をして、仕事が無くなる不安はありませんでしたか。

実際に、仕事の量は減りました。ただ、演技は一生、続けていきます。3.11以降、日本人、特に被災者は多くのものを失いましたが、僕の失ったものはハッキリ言えば収入です。10分の1以下に減り、初任給に戻ったという感じです。

逆に言えば、失ったのは「収入だけ」です。お金を払っても手に入れられないものを沢山、手に入れました。それは生きることに対して、真正面から真剣に取り組んでいる人たち、気骨のある大人たちとの出会いです。

■政治家に原発の是非を問いたい

――デモに参加し声を上げることも大切ですが、投票などによって国を動かすことも大事だと思います。デモ以外に、政治家に働きかけることはしないのですか。

山本:今、政治家たちに対して包囲網を作ろうと、皆さんに呼びかけています。「仕事をちゃんとしなければ、落とすぞ」ということをハッキリと政治家に伝える。地元選出の国会議員に対して、電話をして下さい。秘書でも良いから、きちんとこちらの考えを伝えて下さい。

その時に伝えて欲しいことが3つあります。

1つ目は原発についての考えを聞いてください。その時に、重要なのは、長話にさせないことです。YesかNoに近い回答を求めて下さい。言い訳じみた、曖昧な答えを許さないで下さい。イエスかノーで意思表示させることが大切です。

段階的停止と答える議員には、そのスピードを問いて下さい。それと、その先のエネルギーの展望。僕は、原発停止までの間は火力発電でつなぐしかないと思っています。すぐに自然エネルギーで全てをまかなうのは現実的ではありません。研究やインフラ整備には時間が必要です。その間は、環境負荷の少ない天然ガスに頼ることになると思います。

2つ目は福島の「中通り」や茨城の北部、群馬、栃木の一部などの高線量地帯、高汚染地帯に住んでいる人たちについてどう思っているのか。その人たちを疎開させる案をちゃんと考えているのか、その案はいつ提出するのかについて尋ねて下さい。

政治家はお尻を叩かないと動きません。次の選挙を待っている間にも、刻一刻、被爆者は増えています。もし、その議員が高汚染地帯の住民に対する明確な考えを即答できないのならば、それが、その議員の人間に対するスタンスです。

最後、3つ目はガレキの拡散についてです。そして、最終処分地に関してどう思っているのかを尋ねて下さい。これについては皆、答えづらいはずです。反感を買うのはこわいですから。

僕が発言するだけでも、もの凄い数の抗議が来ますから。僕の考えでは、最終処分地は、福島の周辺20キロにとどめるべきだと思っています。こういう議論が一般の人びとの間でもっと盛んにされないといけないと思っています。そうでないと国が秘密裏にまとめあげた政策に基づいて、放射能をばら撒かれてしまう。全国に汚染されたガレキを拡散させるのは愚行以外の何物でもありません。

■子どもの人権擁護団体はなぜ原発に無関心なのか

――ドイツの記者からも、グリーンピースをはじめとする市民団体の力がドイツ政府を脱原発に向けて大きく動かしたと聞いています。

山本:フットワークが軽いですよね。3.11の時、「グリーンピースなにやってんねん」、「何も聞こえてけーへんぞ」とイラっとしていました。でも、違いました。彼らはきちんと根回しをしていたのです。

3.11以降、本当の姿をさらしたのは、国だけではありません。人もそうだし、団体もそうです。それまで、グリーンピースは誤解されていました。でも、震災をきっかけに彼らの本当の姿を見てもらうことができた。それはサポーターとしてすごく嬉しいことです。

その一方で、アムネスティ・インターナショナルやヒューマン・ライツ・ウォッチといった世界中の人権に目を光らせていたはずの団体が、福島の子どもたちの問題に関しては大きなアクションを起こしていません。その事に対して、本当に強い憤りを覚えます。

日本で起こったことに対して声を上げる事ができない団体ならば、日本に支部を置く必要はありません。僕はヒューマン・ライツ・ウォッチの土井香苗代表宛に何回かツイートを送りました。

「福島の子どもたちの命が脅かされているのに声を挙げない理由を教えて下さい」「外国での活動は素晴らしのことは認めるけれども、どうして声をあげないのですか」と。

返事はありませんでした。皆さんの寄付から成り立っているのにやるべきことをやらない団体に対しても、政治家と同様、明確な回答を求める必要があります。是非、オルタナが切り込んでください。

ただ、そういった規模の人権団体でも活動を躊躇するほど、原子力産業の闇は深いです。

*オルタナS「直撃S」から一部抜粋  トンビ母さまからの転載です。
 
 
 
 
 
 


 
 
 
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夢見じぞう“夢ちゃん”からの、僭越なお願いです。
 
 
 
今直面している『この国の憂鬱』に目をそむけていたい方、
 
あなたにも、心からのお願いです。
 
 
 
長い活字を読むのは、お忙しい方には辛いものがありますが、
 
聴くだけです。
 
音楽にのせて、分かりやすくこの問題をえぐっています。
 
 
 
叫んでいます。
心の叫びです
真実です。
約17分です。
是非、お聴きになってください。
ひとりでも多くの方が。。
 
 
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私たちはもう歳だから大丈夫、と安穏としている大人たちには
 
未来を生きる子供たちを守る義務があります。
 
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                                             蕾華童子像
 
 
 
 
 
子供は蕾、
 
蕾は夢と未来の希望の光…。
 
 
 
 
皆さまに、転載をお願い申し上げます。 m(_ _)m
 
 
 
 
 
 ブロ友 B e l l t r e e さん、ありがとうございました。
非力だとは思いますが…。合掌
 
 
 
 
 
 
転載にご協力くださいまして 、ありがとうございます! 
できる範囲で、若い方たちに届くよう
これからも形を変えて続けていくつもりです。
 
 
 
 
歌の力は強いです。 
 
この歌の“うねり”を広げましょう!
 
 
 
 
 東電は、
飛び散った放射性物質を所有しているとは考えていない!
クリック 
 
 
 
 
 
!!
 
 
 
 
 
 
 

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