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花ひらく工房
ただの小器用が創った焼き物の仏像“陶仏”の世界へ、ようこそ。そして、戯言の世界にも…。&脱原発!

書庫徒然草考

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「空は空色」

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晴れた、空。

この空をぼーっと見ていたら、30年近く前に書いた、原稿用紙100枚の

「空は空色」というタイトルの小説を思い出していた。



ヒロインが、想う人には去られ、想わぬ人からの求愛を受けた時の台詞からのタイトルだ。

 

    「何ごちゃごちゃ考えてんだよ
 
          空は空色だよ  見たまんま

               好きか  嫌いか  どっちだ?」



東北訛りが抜けない資産家のぼんぼんで、医者の卵。

そんな台詞を吐くくらいだから、魅力がないわけではなかったが、

ヒロインはそれを受け入れなかった。

見る空の色が、違うと感じたのだった。


・・・・・


“空色の空”を、

見たまんまで同じと受け止められる人とは、なかなか出会えないものである。。。



出会うわけは、ありません。 そんな人は、いないのだから。

まだ青い頃の、お話でした。。。。。

  

蝋梅の色と香り

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ギャラリーとしてお借りしている古民家の庄屋門脇に、

実生で育てた7年目の蝋梅の鉢植えの木があります。

7年目にして、やっと見ごたえのある蕾を付けてくれました。

漆喰の白壁に、こうも似合ってくれているのは嬉しいかぎり。

店の玄関脇でもあり、お客さまの目を楽しませてくれてもいるはずです。



真冬から春に咲く花に、黄色が多いのはなぜでしょう。

蝋梅、福寿草、水仙、蕗、菜の花・・・

元気のでる、色だから。 かな?


そして、匂い。

花それぞれの匂いは、ほかに例えようがないものです。

その花の匂いだからで、香りは固有です。

蝋梅の匂いを初めて嗅いだときの思いは、今でも覚えているほど。


“美しい匂い”という表現が、

蝋梅にはとてもよく似合うと思わずには、いられない。。。

“哲学堂”公園

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「いつでも行けるから」と思っているうちに、つい行きそびれてしまった「気になる場所」の一つや二つは、誰にでもあるものでしょう。
 私にもあるその一つに、今日行ってきました。

 東京・中野区の“哲学堂”公園。
 東洋大学の前身『哲学館』の創立者・井上円了が眠る蓮華寺と、彼の哲学実行の道場として建てた“哲学堂”を有する公園へと。

 本日は晴朗なる日でした。
 
 なぜ哲学堂へかといえば、きっかけは11月23日(日)の読売新聞の記事。というより、東洋大学の広告で、今年は円了の生誕150周年で、その記念講演の記事様広告でした。
 それが目にとまり、読んでみたら何と、私が東京にいた頃の通勤路の途中の「気になる場所」の一つの哲学堂ではありませんか。車で毎日のように通っていた「いつでも行けるから」の場所。

 井上円了は安政5年、新潟県長岡生まれ。29歳の若さで哲学館を創立している。哲学を広く一般の人にも伝道することを目的に、その理念のもと、32歳から13年間全国巡講を果たし、そして45歳で哲学堂を建てている。

 釈迦、孔子、ソクラテス、カントの真理探究の足跡がわかる『四聖堂』や、哲学の用語を冠した歴史的な建物、四季を彩る花や草木などが配され、今も散策や憩いの場として親しまれている、当時としては画期的、今でいえばテーマパーク?のような建造物でしょうか。
 今日の哲学堂は、紅葉に彩られていました。都会の紅葉も、綺麗!



 実は今日、千葉県Y市へ、両親の墓参にも行ってきている。どっちがついでかはどっちでもいいこととして、「行きそびれていた気になる場所」に行くことができたので、心も、晴朗です。
 幼稚園と、小学校と中学校も見てきました。これがほんとの、ついで。(苦笑)


 その帰り、久しぶりに首都高速を飛ばす高揚感に浸りながらも、一種センチメンタルなことを思ったりもしました。
 春の哲学堂の桜並木の美しかったことや、変貌を遂げたものの通いなれた街並に、東京も、一部私の心の故郷なんだと思う自分に気づいたこと。その思いは、生まれた故郷であるY市よりも強いのは、ただ単に生活が長いだけではないような気がしている・・・。


 ときがわは、まだ、やっと3年・・・・・。

 円了の生家は、長岡の慈光寺というお寺。

 仏像がある店、寧々房がある場所は、ときがわの慈光寺の入口。・・・・・合掌。

 
 
 あ、明日は仲間と一緒に慈光寺のお掃除だわ。寝なくっちゃあ!

 

道草

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        道草

          寄り道

            回り道

              そして戻るは


          元の道


 いくつになっても、道草や寄り道は楽しいもの。

 子供の頃は度を越して、迷子になったり樹から落ちたり、猫を拾ったり・・・。

 それが大人、しかもこの歳でも止まないのには、我ながら呆れちゃう。

 もう、いいでしょう。

 この辺で、元の道に戻りましょうか。自分のしようとしていることに。

 そう、十分楽しんだし、泣きもしたし、笑いもした。

 何よりも、人生の学習ができもしたのだし。


 それが、道草、寄り道、回り道ってもの。

 そろそろ戻ろう、元の道。


 ほら、振り返ってみれば、そこにオクラになる花が、咲いている。

 今、雲が、雲になろうとしている。


    『縁ありて 花ひらき    
                恩ありて 実を結ぶ』・・・・・・か。染みるなあ。
 

夏の終わりに

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 百日紅(さるすべり)のピンクの花が盛大に咲くと、焼き物の町・益子にいたときの夏を思い出す。
 お借りした家の広い庭に、東京にいた頃には見たことのない大きなその樹があった。遠目からもそれとわかる樹で、夏の間、家が近づく目印になっていたほどでした。


 その百日紅の花も、いよいよ終わりの日が近づいてきました。
 わたしの中でそれが意味することは、夏の終わり。


 毎年夏が、短くなる気がする・・・。
 いえ、そう感じるのは夏だけでなく、1年という時間。

 そう感じ始めたのは、いつの日から?
 「早いですね、1年がたつのは」と、挨拶代わりについ口から出てしまうのは、なぜ?


 時間を追いかけていた、あの頃。時間がたっぷりあった、遠い昔。今は過ぎ去った時間が思いのほか増えすぎて、その時間に追われているような気に・・・。
 だから、逃げたくなる。急いで。
 急ぐから、時間がドンドンたっていく。やがて走れなくなるまで「1年がたつのは早いですね」と言い続けるのでしょう。


 夏の終わりにそう思うのは、1年の終わりを、もう振り返る自分がいて、それを人生に重ねる自分が、もういることを、思うから?

 
 秋を迎える前に、秋とは違うセンチメンタルが、夏の終わりには、ありませんか・・・・・!?

寧々房(neinei-bo)
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