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生まれ育った村の人々は、裕福な暮らしをしている人はいませんでした。
中学校を卒業したら、集団就職で都会に出て行く時代です。
高校に行かせるのも、親は大変な時代です。
兄弟の上の立場は、親に仕送りする事が当然でした。
私は、一番上でしたので、家族の事はできる限りのことをしました。
そんなことせず、自分の青春を謳歌している人々の中で、
ただ働くだけの自分を惨めに思った事もあります。
苦しい生活の中、一人四畳半のアパートで泣き通した夜もありました。
それでも、親を恨んだ事は一度もありません。
ずっと、大切な存在でしたし、この世去ってからは尚更心の支えです。
兄弟達が家庭を持った頃から、
私は少しづつ深いつながりをやめる様にしました。
姉だから、して当然でしかないと言う態度を感じてからです。
親戚の付き合いもやめました。
その経験から学んだ事は、自分以外に頼らないと言う精神です。
頼って、懸命にできる事をしてもらったのに、
それを当たり前と思う生き方はしたくありませんでした。
そして、自分の思いを押し付ける親切は、
自己の満足でしかない、相手を先頭にした思いではない事も学びました。
している自分は、
家族の喜ぶような事をしていると言う自己満足だとわかりました。
本当に望んでいるのはどういうことかと相手の立場を知ろうとしなければ、
ただのエゴでしかないのです。
とても近しい、私が個人でお付き合いしている方から、
何か頂くのは思いがわかりますから頂きますけれど、
それ以外は、お断りしています。
ただ、美味しいから食べて欲しいとか、
珍しいからという純粋なお気持ちだと思います。
ちゃんと理解していて感謝しています。その上で線を引きます。
息子達のことを心配するのも同じだと思うのです。
この心配って、私の、母だから当然と思っている事だと気付きました。
なぁんだ、自己満足の為に苦しんでたの?と。
息子を突き放した時期もありました。とても苦しみました。
その時を超えてそう思います。
しんどい人生です。
けれど、充実した人生かなとも思います。
そんなことを思う最近に、
自分のこれまでを見るような、お坊さまのお話をユーチューブで聞きました。
私よりも20年余りお若いお坊様が、仏陀の教えを元に、
多くの人のお悩みに答えておられました。
ここ一月程、心身の疲れを感じて、横になる時間が多かった私に、
これまでの生き方や、どんな精神だったのかを確認させてもらうような、
虚飾のない真実のお話に巡り会わせてもらいました。
生きた年数の間に何を学んだのかを、静かな気持ちで聞いています。
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