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22歳から25歳まで、東京で働いていました。
洋品店とブティックを個人経営するお店で、洋服の販売をしていました。
今思えば、本当に少ない給料から、
両親や兄弟の誕生日、父の日や母の日に、
何か喜びそうな物を買って故郷に送っていました。
母には、働いている店にあるワンピースやコートなど色々送りました。
その頃の母は47歳、48歳。
今の私よりも随分若い頃です。
その服のいくつか、母の形見として持っています。
不思議な気がします。
今の私よりも16歳も若い母が着ていた服が、
今の私には似合わないような気がするのです。
私はがこれまで着なかったタイプの服だからかもしれません。
母は、私が送った服を着るとき、まるで少女のようにうきうきしていました。
そんな母は可愛くて好きでした。
私は、普段は息子たちのお下がりのダブダブの服が好きで着ています。
出かける時は、自分の古い服です(笑)
古いけど好きな服なのです。
母に送ったワンピースのようなデザインは、自分には似合わなくて、
持っていないのです。
なかなか処分できないで仕舞っている母の服を、
少しでも着てみようと思いました。
安い生地のすとんとしたワンピースは、母が買ったもの。
ざくざくと裾を切って、チュニック丈のブラウスにしました。
切った所は筒縫いにして、使います。
ポリエステル生地のワンピースのデザインが、
結構きちんとしていて、
私には似合わないけれど、家の中で着ようと思います。
心の中の負担の、1ミリにも満たないけれど、
ワンピースの裾を切って縫ってをすることが出来ただけで、
気持ちの中は、晴れ間が少し見えました。
こうして少しづつ少しづつ、進めます。
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裁縫も編み物も、習ったのは学校の教科だけです。
ですから、とても下手です。
とても人様には見てもらえるような事は出来ません。
でも、好きなんです。
座って、黙々と手先を動かす事が、何だかとても集中できて安らぐのです。
学生時代も、ママさんになってもスポーツウーマンのつもりでしたが、
やはり、がやがやと騒がしい所は好きではなかったような気がします。
一人で本を読むのもとても好きでした。
人が沢山居る場所が、どうも苦手なのはどうしてなんでしょうね。
今日、ライブ配信している息子の歌を、このパソコンで見ていて、
私、この方が好きだなと思っている事に気付きました。
沢山の人の中で聞くよりも、楽しいと思ってしまっている自分がわかりました。
いつの間にか、ニコニコというか、ニヤニヤしていました。
あれ?私って、もしかしたらインドア派なのかなと初めて思いました。
海や野原や山は大好きです。
でも、人ごみが好きではないのです。
昨夜は、なぜか一睡も出来ませんでした。
特に何の悩みもありません(笑)
朝から動き回って、あくびも出るのに寝付けずに朝になりました。
洗濯機を回して、息子の朝食の準備、洗濯物を干し終えた頃に、
地震があったようです。
私、気付きませんでした。横揺れだったらしいです。
ちょうど、外に居たから気付かなかったのかもしれません。
夕べ寝付けなかったのは、このせいかな・・・などとちょっと思いました。
時々、こんな時があります。
一睡もしなくても、今日も元気に動き回り、縫い物をし、食事を作り、
家においてある長男の愛車「ひろし」を運転して、送迎もしました。
まだまだ元気です!^^v
ぼろぼろの「ひろし」も私も^^
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