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ひと月余りぶりに氏神様にお参りに行きました。
本殿にお参りしてから裏にある大好きなご神木の椎木様に会いに行きました。
あの樹齢300年を越す椎木様が、無残な姿になっていました。
他の木々も折れていましたが、最も大きく折れていたのです。
何時もより長くお祈りしました。
根っこは逞しく地にしっかり根着いていましたので、
これからも、新しい枝を伸ばして下さいとお伝えしました。
無残な姿は、写真に残したくなくて撮りませんでした。
新しい若葉が見えた時に、接写で撮ろうと思いました。
1日にお参り出来なくて、1週間、ずっと心に浮かんでいました。
今日は、子供達がお神輿を担いで町内を回る日だったようで、
「わっしょい!」の掛け声や太鼓の音が聞こえて来ましたので、
子供達を見たくて見ていました。
息子たちも幼い頃参加していました。
子供達よりも、大人の方が多いお神輿行列でした。
今日はとてもいいお天気の一日でしたので、
お布団もふかふかになり、シーツもカラカラに乾きました。
帰りは明日かなと思っていた息子から、今日帰るとメールがあり、
又しばらく、少し忙しい心になって張り切る母になります。
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2018年10月07日
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いつだったか忘れましたが、道端に咲いていたヨメナの花がとても愛らしくて、
根っこから3本ほど抜いて植木鉢に植えておきました。
今年、初めて可愛い花を咲かせてくれています。
今夜は数日ぶりの一人ですので、つい心が伸びてしまって、
いつも深夜族ですが、いつもよりもっと深夜族になっています。
嬉しいこともあり、楽しくおしゃべりも出来た一日でした。
どんな事も、成る時は決まっているんだなと、
これまでも思っていましたが、最近は特に確信のように思います。
努力が熟すれば、結果は自然に現れるんですね。
誰かと比べたり、世間の流れに流されたり、自分の力を過信したりと、
人が進む道には障害が多くあります。
深く自分を見ると、それは全て自分自身が起こす障害なのですよね。
私自身、これまで苦しんだ様々な事は、自分自身の思いで起こしたことだと、
ようやく気付きました。
生きているその時の中で、その時の一生懸命で生きてきましたから、
そんな自分を許せるようになりました。
心が澄んで明るくなると、同じような人が周りに来てくれます。
自分の周りは、今の自分の写しなんですね。
本当にそう思います。
今を、今出来ることを懸命にして生きていれば、
努力が満ちた時に結果は、見えない向こうからちゃんと届けられますね。
「越えられない苦難は与えられない」という言葉は、
ずっと私の支えの言葉でした。
でも、頑張りすぎは心を壊してしまうこともあります。
私は、壊れかけました。
でも、何とか超えました。
その事も私自身が入り込んだ苦しみだったのです。
そうわかるまで生きていることが出来ました。
これからも学び続けて、キラキラの笑顔で生きて行きたいです。
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