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私は、本気に怒ったら納まるまで結構時間がかかる人間でした。
一切言葉も交わさなくなるほど、気性は激しい方です。
そうなるまでは、長い時間我慢を重ねています。
その我慢が限界になると、言葉が出なくなってしまいます。
そうなると、心の中で苦しみが渦巻いて、本当に疲れ果ててしまいます。
お酒が好きな理由は、自分の心に自分が語りかけるために、
怒りと悲しみでぐちゃぐちゃになった心を整理するために必要なのです。
自分の事で、人前で涙を流すことは20年前に狂ったように泣いてから、
それからの20年間覚えている限り一度もありません。
20年前のその時に解ったのです。
自分の苦しみは、他人に話すべきではないと。
相手に迷惑もかけるし、自分も後悔する事がはっきり解ったのです。
今思えば、その時はそんな当たり前の事も、本当には解っていなかったのです。
自分の怒りに自分を取り込まれていました。
自分の小さなプライドを、根っこからグサっと抜かれたような思いでした。
その頃に、自分を哀れむような涙を全部流したのだと思います。
それ以降、そういうことをした自分が恥ずかしくなったのです。
それからは、自分のための涙は一人で流します。
映画や動画をみたり、音楽に感動したりの涙は、思わず流れていますけれどね。
60代なって、ようやく怒りを長く心に留めなくなりました。
怒りに取り込まれなくなりました。
自分の思いを変えればいいと解ったのです。
誰のせいでも何かのせいでもないと思うようになりました。
とても楽になって生きる事が出来るようになったなと感じます。
出来ることはすればいいですし、出来ないことは出来ませんからね。
時は常に進んで、私はどんどん老いて行きいつかこの世から居なくなります。
こうして過去の自分を書いている今も、もう過去になって行きます。
もう、過去に留まることはしないで生きて行こうと思います。
今と未来に生きたいと思います。
そんなに沢山の時間がある訳ではありませんからね。
やっと、少しは生き方が上手になったかなと、近頃時々思います。
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