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今日の夕日は、はっきりくっきりした形が見えました。
木の上に見えた太陽は、あっという間に木の向こう側に落ちて、
それでも木を通り抜けたように、はっきりくっきりの形に、
木の枝を映していました。
面白い瞬間でした。
毎日同じ場所でも、これだけ違いますから楽しいのです(*゚∀゚*)
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新年になって7日。
個人的に、今年は早く過ぎたような気がしています。
暮れの御節作りも、いつもの年より随分早く終わりました。
3が日も、誰かが訪れる訳でもなく、いつものように一人でした。
静かでいいお正月だったと思っています。
7日は、冷蔵庫に入れていた御節も全て食べ尽くしました。
しめ縄は、毎年チビ庭の片隅の土を少し掘って、一人どんと焼きをします。
飾っていたお餅も片付けました。
七草粥も作って、夜に息子に出しました。
一人用土鍋を開けて、「おっ、七草粥」と言っていました。
完食してくれました。
七草粥には、胸がギュッとなる思い出があります。
毎年欠かさず作って、家族は食べていました。
息子たちはこれまで、学生時代に家を離れていた事もありました。
次男は一緒に住んでいます。長男は関東住まいです。
長男が関東に出た時は、本当に身一つの状態で出て行きました。
その時の長男の様子をツイッターで読んでは胸がキリキリ痛みました。
彼が出て行った翌年の7日、彼のツイッターに、
「七草粥食べたいなー」と書いてあるのを読んだ時、
ほんと、泣きました。
私は、しきたりの本質は知りません。
京都に住んで子供を産んでから、一つ一つするようになっただけなのです。
それを、家族が、この時期にはあれがあったと思うようになったのです。
毎年毎年、欠かさずに続けていると根付いてくるのですね。
関西の仕事の合間を縫って、長男は御節を食べに帰って来てくれました。
苦しんだり悲しんだり怒ったり、沢山の感情が行き来した5年間でした。
やっと、いるべき場所にたどり着いたような気がします。
嬉しいですが、安堵の方が大きいです。信じていましたから。
ああ、なんだか泣けてきます、一人ですから(笑)
とてもしんどい5年間でした。
愛していますから、彼の苦しみはテレパシーで全部感じました。
これまでの5年間は、彼のこれからに必要な年月だったと思います。
5年前の彼より、随分優しくなりましたから。
七草粥は今年も食べてもらえませんでしたけれど、
違うお粥を一緒に食べに行く予定です。
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