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何十年も同じ町内に住んできて、つくづく感じています。
私がそうである様に、同じ様に何十年も住んでいる人々の、
人付き合いに対する考え方や行動は殆どかわらないんだなと。
決して表立って本音を語らず、そうする事が正しく当たり前で、
常に自分を守る姿勢。
どちらとも取れる姿勢を問いただすと逃げる姿勢。
何度も何度もありました。
どうしても馴染めないまま36年、今だに全く馴染めません。
それはそういう生き方をする人々で、私にはできない事ですから、
出来る限りそういう集まりには入らないで来ました。
最近、身近な者の事で、またそういう人々の行いから感じる事があって、
正直、この土地を離れたいと言う思いが久し振りに湧き上がりました。
子育てや、学業の為に、その思いは長い間心の奥に押し込んでいました。
何度湧き上がっても、出来る状況ではありませんでしたから、
自分を変えて生きて来ました。
出来る時が来たのかなとも考えます。
この土地に住んでいる限り、地域性は変わらないでしょうし、
私も好きにはなれないと思います。
25歳の時初めて京都の7条に住みました。
今もはっきり覚えている事があります。
公設市場に買い物に行きました。
年末だったと記憶していますが、ガラガラを回す抽選券を貰いました。
抽選をする為並んでいた女性の方に、
「良かったら、これお使いください」と、
私が買い物で貰った抽選券を差し出しました。
その女性の方は、
物凄く強張った表情と全身で拒否されました。
私、本当にびっくりしました。
生まれて初めて、自分の全部を拒否されたと感じました。
そんなに怪しい様相ではなかったと思います、25歳ですしね。
生まれ育った奄美では、知らない人でもすぐに受け入れる地域でしたから、
あの時は、本当に傷つきました。
京都はイケズなどと知ってはいましたが、あの頃の私は、
「えっ?、何で?そんなにおかしなことしたの?」と思いました。
今思えば、あの時の記憶は繋がっていると思います。
今も変わっていない事がわかりました。
京都で産まれて育った息子たちには解らない感性です。
苦しんだ過去も、私の人生の中のことだけでしかないのです。
先日、プラレタリウムのライブを見ました。息子のライブです。
私、海が大好きなのですけれど、
お星様の前に映された木々の映像に、涙していました。
植物は、長い間とてもたすけてもらいましたからね。
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