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この世に産まれて
生き方を模索しなかった人っているのかな
そう思ってわかった
この世は
ほんと面倒
感情に交わったら
つまらない苦しみの日々を過ごすことになる
楽の意味
わかったような気がします
私は私でしかないのです
あなたもあなたでしかありません
感情は
今の自分の今
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2019年04月20日
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埃を運んでくるような強い風が吹いて、窓を開けている時間が減ります。
今年は、風の強い日が多いような気がします。
桜の木は、葉っぱの方が多くなりました。
満開の桜とは違う花のように見えます。
花びらだけがぎっしり詰まって咲いているより、
葉桜の頃の、一つ一つの花びらがはっきり見える桜の木が好きです。
チビ庭のシラーとクレマチスが蕾を出しています。
毎年必ず咲いてくれる花達には、大げさに言えば、
どれだけ心を慰めてもらったかと感謝しかありません。
突然一人暮らしになった時も、苦しみと戦っていた時も、
変わらなく春に蕾を出して美しく咲いてくれる姿に、
いつも励ましてもらいました。
同じでいる事が、誰かの心を休める事ができるという事を学びました。
誰の助けがなくても、自分の使命を果たすような姿を毎年見せてもらいます。
肥料を沢山与えて、無理やり大きく綺麗にさかせようとしませんでした。
私がした事は、毎朝水をかけてあげることだけです。
それと、待ってるね、かわいいね、ありがとうと声を掛けることだけです。
20代のはじめの頃、東京に住んでいました。
4畳半一間と半畳の台所と半畳の押入れだけの、家賃1万円のアパート。
白地に緑のクローバーの絵柄のカーテンを掛けていた窓の外に、
15センチほどの柵を張ったスペースがありました。
パセリの鉢を買って来て、柵の中いっぱいに緑にした時もありました。
人が大勢いる所は、小さい頃から得意ではありませんでした。
都会に出て、少しは鍛えられました。
怖いとは思いませんでしたから、仕事もできました。
ギュウギュウの電車も経験しました。
職場の人達との繋がりも少しはありましたけれど、
いつも、ここは私がいるところではないような気がしていました。
40数年振りに、その頃住んでいた町に行ってみました。
すっかり変わっていて、アパートは見つけられませんでした。
当たり前の事です。
その時に、ようやく過去にさよならできました。
その町の駅のホームで、ありがとうが言えました。
家族が皆家を出ることになった時は、私のする事がなくなっちゃったのねと
ポッカリした時もありました。
思いっきり眠りました。
ゴミ出し日も、宅急便のピンポンもごめんなさいして、
死んだように眠りました。
一人を寂しいと思った事はありません。
誰かの役に立てなくなった事が寂しかったから、
次に備えようと、眠り続けたのかもねとおもいます。
死んだように、十数時間眠った時もあります。
目指す何かに向かって 、寝食を忘れるほど、
徹底的に死ぬ程の思いで努力を重ねていると
簡単には死なないと御坊様がお話されていました。
中途半端に生きるから、悩み苦しんで病んでしまって死んでしまうと。
私がしたかった事は、子供を育てる事。
徹底した自信、あります。
もう少しは、生きれますね(^ ^)v
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