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思春期の頃文学小説を読んでいて、
読みながら、途中自分がしたこと、
例えば、左手の指につけていた指輪が右手の指にあった、
というように、全く記憶にないほど、物語の中に入り込んで読んでいました。
お祭りの屋台で買ったような、指輪。
数十年、私のどの指にも指輪は付けていませんけれど。
原作の物語がある映画の予告の映像を見ると、
原作を読みたいといつも思います。
ここ10年近く、そんなふうに自分が好きな事に入りこむ余裕がなかった事に、
今できるようになって気が付きました。
何に気を使っていたのだろうと思います。
私の気遣いなど、何にもどこにも影響する事ないのにと。
結構な時間をかけて、真剣に考えて、息子に似合うと思って買った服を、
見向きもしないことも何度もあるのに。
そういう、自分の思いだけの行動は、
全部やめようと思いました。
その思いは、ある意味、母として加護しなければいけない責任から、
自分を解放することでした。
本当に久し振りに書店に行って、読みたかった本を買いました。
没頭しました、思春期の頃のようにはいきませんでしたけれど、
物語の中に入る事ができました。
好きだったと過去形で思っていた事を、
まだ過去ではなかったのねと確認できました。
生きている今の環境はなにも変わらなくても、
心の中は、いつでも過去に行けるし未来も描けます。
これから、経験していなかったことが、
望まなくても自分の身に起こるでしょうけれど、
普通こうだよねと言う人たちには、
ウインクして、私はこうなのと言うと思います。
読んだ小説の本当に最後。
別れの時。
他のみんなとさよならを言った後一度だけでいい。
振り返って僕を見て。
君のそんな仕草が、僕には大きな意味があったんだ。
そしてあの頃みたいに僕の顔をまっすぐ見て、視線をとらえ、そして、
僕を君の名前で呼んで。
人を恋する思い。
グサグサ刺さって号泣でした。
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