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木漏れ日に歌う
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親の思い子の思い

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   息子が親しくさせて貰っているオーナーの料理です。

   息子が撮った写真です。


   息子が少しの間店を離れた時に、オーナーの方とお話ししました。

   お父様が亡くなって、お母様が寂しいだろうと思い、

   10数年ぶりにご実家に帰られたそうです。

    でも、お母様は、あんまり嬉しそうじゃないんですよね、と。


  「  母親って、自分のことより子供のことが一番だと思いますよ、

       子供に迷惑かけたくないと思いますから」と話しました。

   
    帰る時ご挨拶しますと、

   「僕も、親孝行します」とおっしゃっていました。


    親孝行って、なんでしょうね。

    子の思いを押し付けるだけが親孝行だとも思えませんし、ね。

    お母様もお母様の人生の中で生きているという現状を理解して、

    寄り添えば、お互いに温かい思いが出来ると思いますけど。


    私は、息子の生き方に迷惑をかけない様にと思う母です。

    その思いがとても強いのです。

    私の場合は、自分の意思で両親の病に向き合いました。

  独身でしたし、寄り添わないという選択など考えた事もありませんでした。

    後悔は、もっと出来たという思いだけです。


    息子たちには、そういう思いさせたくありません。

    
    それだけなのです、本当に。

  ですから、生きている間は出来る限り健康でいたいのです。



    
   
   
    
  

日比谷公園

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  20代始めの頃、東京の江戸川区に住んでいました。

  4畳半のアパートで、生きていく為に毎日働くだけの様な日々でした。

  休みの日はコインランドリーで、シーツから服からたくさん洗濯をし、

  掃除をして1日が終わることもありました。

  時間がある時は、浅草に行ったりするぐらいで、

  東京はあまり知らないまま、東京を去りました。

  
  息子の方が私よりずっと東京を知っています。

  誕生日の日、舞台公演を見終わって歩いていると 日比谷公園がありました。

  そう言えば、行ったことはありませんでした。

  地理などさっぱりわからない私です。

  入り口に、「ご当地鍋フェステバル」の看板がありました。

  イチョウの木を見上げて、その上の空を、きれいねーと見ていました。

 「行ってみようか?」と息子が言うので、「うん、そだね」と行って見ました。

  土曜日の午後、夕暮れ近くです、沢山の人で賑わっていました。

  観劇前に、カレー狂の息子が連れて行ってくれて初めてナンセットのカレーを

  食べただけでしたので、お腹も空いていました。

  大きなハマグリがたくさん入ったのや、松茸の入ったのを食べました、

  おいしいねーと言いながら。

  息子が、他のものを買いに行って私一人の時、

  隣の椅子に座っている若い人と、少し話しました。

  とても気さくな男の子でした。

  
  帰り道、街灯に照らされたイチョウの木が黄色ではなく白く見えました。

  ああ、これもいいねと息子に言いながら見上げて、

  東京、好きだよと言いました。


  地方から東京に出て住むと、本当の意味で一人になれる様な気がします。

  私は、22歳の頃、恋を追いかけて東京に出ました。

  その恋は、自分で終わらせました。

  そして、息子たちの父になる人と出会いました。

   一生懸命に、ブスな私を守ろうとしてくれました。

   恋と愛の違いを、私はその頃に初めて知ったのだと思います。

   
   その数十年後、必死の思いで愛して育てた息子が、

   一緒に東京の街を歩いていました。

   66歳の誕生日の、一番のプレゼントでした。


  写真は、日比谷公園で突然吹いた風に、沢山の木の葉が舞い、

  私が来ていたジャケットのフードに舞い込んでいました。

  息子の部屋に帰ってから気が付きました。

  大切な記念の葉っぱです。
 

多摩川からの夕陽


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     息子がよく散歩に行くと言う多摩川を見たいと思っていました。

     少しの時間仕事に出かける息子と一緒に部屋を出て、

     夕陽の写真を撮りに行きました。

     出掛けに、「夕陽見ながら飲んだらいいよ」と、

     保温の水筒に入れてくれたコーヒーとアイパットを持って、

     数時間の探検?です(笑)

     初めての場所を見て歩く事は好きなのです。

     息子は心配だったのか、「わからなかったら、駅員さんに聞いて!」と、

     メールして来ました。やんちゃな母をまだ知らない様です(笑笑)。

    「はーい」と可愛く返信したりして、テクテク、きょろきょろ。

     多摩川沿いにたどり着けました。

     保温水筒のコーヒー飲んで、ああ、美味しいなぁと感動しました。

     私には丁度いい温度、丁度いい濃さのコーヒーでした。



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     川の向こうは神奈川、こちらは東京都と息子に教えてもらいました。

     物価も違うそうです。

     写真を何枚か撮った後、駅に戻り市場調査をしました(笑)

     歩いていると、

     道路の途中にプラスチックの透明の壁の中に人だかりが有ります。

     何だろ?と見ますと、その中は、喫煙所でした。

     何だかなー、隔離されているのね、と思いました。


     花屋さんを見てみました。

     小さなアレンジの花束が、私の住む環境のそれより一桁高い値段でした。

     他も全部そうでした。

     なるほどねーと思いながら、違う所に行っても、

     一桁上の数字が書いてあります。

     その値段の表示も、関西とは違うなと思いました。

     ひそやかにという感じで表示されています。


     息子からの情報によると、川を渡った川崎市では、

     物価の値段が段違いらしいです。

     色々な理由があるのでしょうけれど、

     何だか笑ってしまう位の人の世ねと思いました。

     
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    足が疲れたなと座る場所を探すと、あちらこちらに、石作りや木や布張りなどの

    椅子がありました。

    私は、初めてこういう椅子の存在に気づいた様な気がしました。

    ああ、なるほどなるほどと、また思いました。

    私の住む環境でも、そういう椅子はあると思います。

    でも、必要としていなかったのですね、これまでは。


    私が一休みした、石を磨いて作られた様な丸い椅子には、

    お若いお嬢さんやお兄さんも座っていました。

    ずっと、手元のスマホを見ながら。

     
   その後、息子と合流して一番に彼に言った事は、

  「コーヒー、とっても美味しかった〜」でした。


   その後に、あの方達にお会い出来るとは思っていませんでした。

    

幸運は勇者に味方する

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     ボヘミアン・ラプソディ、見てきました。

     息子が、見た方がいいよ!と強く勧めましたから。

     多分、私は同じ感動はしないだろうと思いましたけれど、

     何にそんなに感動したのかがわかるかもしれないと思って、

     久し振りに、イオンシネマに行ってきました。


     私は、ロックと言う音楽のジャンルわけが、今だによくわかっていません。

     どんなジャンルの音楽でも、好きになる音楽はあります。

     クイーンの事は、殆ど知りません。

     何曲か、聞いたことがあり、映像も見たことがありました。

     裸にサスペンダー、濃いひげ、奇抜な衣装、

     なのに、音楽は、これってロック?と思うような音楽だと思っていました。

     オペラもよく知りませんが、っぽいなと。


     映画館で音楽を聴くことは大好きです。

     本当に、音に包まれる様な、音の中に浮かんでいるような感覚。

     
     クイーンの音楽は最高でした。

     ずっと、体がリズムをとって揺れていました。

     
     タイトルは、映画の一場面で一人の男の人が言った言葉です。

     この映画で、一番に印象に残りました。

   「幸運は勇者に味方する」


     まだまだ未熟ですが、息子2人が音楽を生業にしていますので、

     常に疑問を感じていた部分でした。

     映画では、スポンサーが言います。

     こんな長い曲、どこのラジオも流してくれないと。

     けれど、フレディが直接持って行って流せたのです。


     常識は、過去に業界で売れた人のやり方なのです。

    「常識を打ち破る」とは、その売れた人とは違う道なんですよね。

     
     いつの時代も、どこの国でも同じなんだなと思いながら見ていました。

    
     素晴らしい音楽かそうでないかを決めるのは、

     スポンサーではないと思うのです。

     決めるのは聞く人々でしかないのです。

     スポンサーは一人です。

     聞く人々は、世界中の人々です。
   
    スポンサーという一人の人の意思で、

    多くの才能が埋れてしまっていると思います。

    本当にもったいないと思います。

    私たちの国の、業界も、同じです。



    そういう意味では、ネットで自分の音楽を自由に世界に発信できる今は、

    つまらない、一人の人間の思想の束縛からの解放だと思っています。


    世界中で有名になったフレディは、例に漏れず、孤独です。

    ゲイであることを恋人に告げるシーンは、女性の立場から見て、

    彼女は辛かっただろうと思い、愛していることには変わりないフレディも、

    辛かっただろうなと思いました。

    彼女は、本当に女神のように、強く愛を優先した女性だと思います。


    フレディの死の場面は、YouTubeでみました。

    一人の人間の数十年の生き様を、

    1時間半にまとめることなどできるはずはありません。

    彼の音声が言っていました。

    自分が生きる中でして来たことの結果なのだから、

    自分でうけとめることしかできないと。


    最後の時期は、男性の恋人と、

    終生まで最高の友人だった元恋人に抱きしめられて過ごしたそうです。

    
    彼は、バンドメンバーが、「君は伝説になった」と言うと、

   「僕たちみんなだ」と言いました。

    エイズの治療の基金も、バンドメンバーが立ち上げたそうです。


    人は、生きたように死ぬと、ずっと前に読みました。

    彼は、あの延びる高音の声の歌で、世界中の人々に感動を与えた人。

    愛する人に抱かれて、空に帰ったのですね。


    幸運は勇者に味方する

    勇者とは常識を打ち破る情熱を持っている人。


    息子たちも、日々苦しみながら切磋琢磨しています。

    売れると言う事を目標にして、

    売れたらどう生きるかなどまだまだ思うこともできません。

    沢山の自由になるお金が入ると、ほとんどの人が人生を狂わせます。

    それは、その人の意思とは違う回りの意思が動き回っているのかもしれません。

    この世は、魑魅魍魎です。

    さらさらと自分自身のままで生きていける力を付けて欲しいと思います。

まだ見ていたい

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  両親とも50代でこの世を終わりましたから、

  心のどこかでそんなに長生きはできないかもと思っていました。

  でも、母より10年、父より7年長くこの世で生きています。

  100歳の方もいる時代になったのですね。

  昭和から平成になって、もうすぐ年号が変わり、

  昭和生まれの私は、3つの年号の時代に生きることになるんですね。

  日々の生活を送っている中では、

  日が変わっただけと言う事でもありますけれど。


  もう少し生きていたいなと思う理由は、

  息子たちの成長を見たいからという事と、少女の頃からの望みを形にしたいと

  思うからです。ほんとに、それだけだなと自分の心を見て思います。


  息子二人、まだお父さんにはなっていませんし、望む場所にも立っていません。

  何よりも、その時を見たいと思っています。

  彼らが行きたい場所に立っている姿を見たいです。

  その姿を見る事が、一番の希望かなと思います。


  100歳まで生きれる自信などないですから、

  あと10年は、健康で自分の事はしっかり出来るように、

  日々努力して生きて、

  息子二人の、希望した舞台に立つ姿を見たいと思っています。


  
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