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木漏れ日に歌う
新しい事を探そうかな!☆

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人の体

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   人の体は、神様が作ったものだから全能なんだよという人がいます。

    
    現代社会は科学や医療が発達して、これまで治せなかった病も治せるように

    なっている話やニュースもあります。

    
    私は、生きてきた間の経験で、

    医療という事に対して全面で信じるという事ができないところがあります。

    医師も一人の人間だと思う事が根っこにあります。

    最新機器を使っての検査に高額の治療費を払い、病が見つかれば、

    体にメスを入れ大量の薬剤を入れて病とメスの傷を治す。

    けれど、治らない人も治る人もいます。


    両親の病の治療に付き添って、本当に多くの矛盾を経験しました。

    処方された多くの薬剤を体に入れても、

    病が良くなるとは限らないことも経験しました。


    そんな経験を経て、私は、自分の体を信じるようにして生きています。

    何処か体の調子が悪くなれば、体に良い食べ物を集中して食べる、

    動かさない事が原因かなと思えば、毎日動かす、

    体に話しかける、

    絶対に良くなると信じて、体調をしっかり観察する、

    そういう事を続けて、日にち薬が最高の治療だと思うようになりました。


     手の親指全部の皮膚が剥けてしまう様な炎症も、

     お化けの様に腫れ上がった頭と顔も、

     一月も過ぎれば元に戻るのです。

     人の体って凄いです。


     私の様に病院に行かない様に生きても、最高の治療を受けても、

      人の寿命は決まっているのかもしれないと思うのです。


      そうしたいからそうする事で決まっている様に思います。


      父にガンの手術を勧めた事を本当に良かったのかと、長い間考えました。

      別人の様になった父が、手術後幸せだったとはどうしても思えませんでした。

      私の人生の大きな学びでした。


      先月の大怪我を心配したのか、息子が家に寄りました。

      先を不安に思い病院行きを勧める息子に言いました。

      倒れた時はね、寿命だからと。


      私なりに様々な経験をしました。

      これからも、生きている間この世での色々を経験するでしょう。

      神様が作った 人の体は、そのままで凄いという事を信じて、

      植物の力を取り入れて、健康に生きて行こうと思います。


      

       
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    2週間前の朝。

    目覚めると、右の目が開きません。

    なんだろ?と鏡を見ました。

     
    見たことない顔が写っていました。

    「誰?」

     いやいや、写しているのは私ですから私なのですが、

     自分のこんな顔、生まれて初めて見たものですから、

     鏡の前でしばしフリーズ。

     そして、

     前夜、寝る前にトイレに降りた時、そう言えば階段の最後につまずいて

     転んでトイレの戸にぶつかったことを思い出しました。

     転んで頭ぶつけたけれど、それ程痛いとも思わず、

     トイレを済ませて階段を上がり、すぐに就寝したのです。


     鏡に写った私の右側前頭から顔、首から肩、それと左首後ろ、

     腫れていました。まぶたは血が滲み、右前頭から頬、首、肩にかけて大きく腫れ

     何処かで見たお化けの絵みたいな顔でした。

     歯の痛みでほっぺたや顎が腫れた事は何度もありましたが、

     頭や首まで腫れたのは生まれて初めてでした。


      40年前、事故で亡くなった末の弟の顔が脳裏をよぎりました。


     それから3日程、腫れはひどくなり熱も出てきてしまい、

     冷凍庫の常備して有る冷却材や氷を総動員してずっと冷やしました。

     熱が下がっても、腫れは引かず冷やし続け、10日ほどしてやっと、

     お化けの顔から、いつものブスな顔になりました。

     2週間経って、

     耳の前や首はまだ青アザが残り、右肩、左首も少し痛みがありますが、

     やっといつものように動けるようになりました。

     足腰は何ともなくて、私一人ですから、

     頭を動かさないようにして家の中では、そろりそろりと動いていましたけどね。

     瞬きしても、右の前頭が引っ張られるようでしたから、何でも、そろりそろりと

     少し動いては横になるを繰り返しました。

     とても外を歩けるような顔ではありませんでした。

     驚かれますしね(笑)  おばけみたいな顔ですし。


    少し不安もあったのです。

    頭を強く打つと、時間が経ってから症状が出る事があることを知っていました。

    頭の骨は異常なし、

    頭痛が続くこともなし、

    ふらつきや吐き気もなし、

    何処か痺れることもなし、

    と、とにかく静かにして毎日確認しました。。


    私の頭蓋骨は、脳を守ってくれたようです。

    でも、もし違う方向や硬い所にぶつけていたら、

    もしかしたら、そのまま天国行きだったかもしれないなと思いました。

    一人ですし、倒れて気を失ってもそのままですしね。

    
    その間、誰にも連絡しませんでしたし、誰も来ませんでしたが、

    まだ頭の腫れが引いていない時に、一度だけピンポンがなりました。

    出ないでいようかなと思いましたが、

    一階に居ましたのでひどい顔のまま出ると、

    友人がコスモスの花束を持って門の外にいました。

    彼女は看護師をしています。

    事情を話すと、病院へ行って検査したほうがいいとアドバイスしてくれました。

    確かに、私の様子を見たらそう思うと思いました。

    彼女には、いつも心を助けてもらってきました。

    今回も、何も知らずに、

    貸し農園の畑に咲いていたからと、コスモスを持ってきてくれたのです。

    話を聞いてもらい、綺麗な花まで貰って、

    随分気持ちが楽になりました。その後、ネットで調べたりして、

    しばらく様子を見ることにしたのです。

    彼女には翌日にそうメールしました。

    私の性格をよく知っていますので、でも無理はしないでと返事してくれました。

    
     高齢になるに従って、それまでなんともなく当たり前に過ごしていた所で、

     とんでもない事も起きるという事を体験しました。

     神様からお叱りを頂いたようにも思いました。

     少し気持ちが疲れてしまっていて、

     温い生活をしていた事に気付かせてもらいました。


     私は、体や心が傷ついたり疲れ切ってしまっている時は、

     どうしてもクラシックが聴きたくなります。

     今回も、ずっと聴いていました。

     歌詞は要らなくなります。

     美しい旋律を聴いていると、本当に安らぎます。



     今日、氏神様にお参りにも行けました。

     心から御礼を申し上げる事ができて、心の荷を降ろせました。


     私は幸運です。

     ソウルメイトのようにも思える友もいますし、

     愛する見えない存在が、倒れる方向を変えてくれたのかもしれませんしね。

     私は、心からそう信じています。

     甘えないで、1日1日をしっかり生きて行こうと、

     改めて思わせてもらいました。

     丈夫な体にも、撫でながら感謝しました。

     
     もしかしたら、数年後かに、

     この事が原因でパタッと倒れることもあるかもしれません。

     それも、私が選択した事の結果ですから受け止めて対処出来るように、

      これからは身辺整理をします。
    

とても長い年月でも

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    人を産み育てる年月は、

    産んだ人の生き方で、産んだ子の幼少期を作ります。


    ファミコンが流行りだした頃、私の息子たちは幼稚園入る前でした。

    ファミコンは買い与えませんでした。

    でも、遊びに行ったお友達の家で知ります。

   
    父親が買ってやりなと言いましたから、

     買いました。


     母親の私は、それからの毎日、

     息子二人の、ファミコンしたい病と長い間戦ったのです。

     時間を決めたり、守れなかったら隠したり。


     長男が大学生になった時言いました。

    「お母さん、戦ってくれてありがとう」と。

     彼は覚えていなと思いますけれど、そう言いました。

     家から出て、社会を見てわかることもあるのです。


     
     人を育てられて、とても幸せです。

     可愛くて仕方ない時を二人も経験できました。


     私は二人の息子を育てられたことを幸せだったと思います。


     んで、次に進みます。



     
   

違うよ

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    私ね

    お酒は友達です

     けれど


    お日様が光っている時も

    光っていない昼間も

    お酒を飲む事は嫌いです


     電車の中で飲んだり

     歩きながら 飲んだりしたことはありません




     お前はアホかと思いました


     とても悲しい姿でした



     まだ母は

     男らしく

     生きなければいけない様です


     わかるんだ

     そんな時もあったから


     30代で 頑固になるのは

     学びが足りない証拠です



     何守りに入ってんの?

     やめなよ

     何やってんのと思っています。



      けれど


      生き方を選ぶのに口は挟みません


     
     でもずっと思っていたことだけ書きます


     君の愛する友は

     家庭を持ち父にもなった

     仕事もちゃんとある

     家も建てた

    空いた時間で

    君の手伝いをする

    生まれた子供をライブ会場に連れてくる


    私は嫌いです



     君は

     空いた時間で助けてもらう人なんだね


    
    違うでしょ?

    こうなりたかったの?


    どこ向いてるの?


    どんな自分になりたいの?



    君は


    君が愛する友に頼っているだけ


   そんな君が

   母はずっと悲しかった


   人の事思う前に自分を知ってね

 
  

死への思い

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      母が大好きだった母の弟、私の叔父が先日空に帰りました。

      母の初産の私を、産湯をしてくれたそうです。

      自分の娘の様に、生涯私に気をかけてくれました。

      86歳でした。

      私の母は、56歳で空に帰りましたから、

      母より30年も長くこの世で生きた事になります。


      叔父が会いたい人は、多分みんな空に帰っていたと思います。

      だからきっと、叔父がこの世から去る時には、

      叔父が会いたかった人たちが迎えてくれたと思います。


      弟と両親とこの世で別れた時は、慟哭の様な悲しみだけしかありませんでした。

      今は、違います。

      人の死がどういうことかを、弟と両親と別れてから私なりに学びました。

      ただ、死は恐ろしい事としか思っていなかった頃から、

      死ぬってどういう事なんだろうと思い、私なりに調べて読んで、

      今は、死は悲しいことではないと思える様になりました。


      いつも感じていた両親の支え。

      思えばいつもそばに来てくれるという事。

      魂は永遠だという事。


      多分、叔父は今親しかった人たちに会えて、

      すごく嬉しいのかもしれないなと思います。


      コツコツと実直に信用を得る働きをして生きて、

      最後は、愛してやまない娘と息子と妻に看取られたそうです。

      素晴らしい人生の終わりですよね。


      叔父が幼い頃からずっと付き合って来た人は、

      一人で軽自動車の中で硬くなっていたそうです。

      警察署の中で、コンクリートの床に転がされていたと叔父は

      悲しんでいました。

      
      人は生きた様に死ぬ。

      叔父とやんちゃな人生を生きた叔父の従兄弟の生き様で、

      本当にそうねと思いました。



Kayomi
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