過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

ベルリン1990年夏

イメージ 1

写真左:自転車わたる東西ベルリン(前輪が東)  写真右:保存のため破壊しないよう呼びかける掲示

少し遅ればせですが、今年の11月9日はベルリンの壁が崩壊して20周年でした。
この歴史的事件には、いろいろな人がさまざまな感慨を持っていることでしょう。1989年の当時、ニュースの映像を見ながら、私は「来年のツーリングはドイツにしよう」と決めたことを思い出します。

当時はインターネットもなく、ドイツのサイクリング情報は非常に限られたものでした。休暇日数と地図を見比べながら、とりあえずフュッセンからロマンチック街道を自転車で北上し、行けるところまで行って列車に乗り換えてフランクフルトから出国するルートにしました。

ベルリンの壁は壊れましたが、まだ東ドイツという国家は存在していました。(東西ドイツが再統合するのは1990年の10月3日です)。東ドイツに日本人が入国する場合はビザが必要でしたが、何やらめんどくさそうなので、申請しませんでした。

出発間際に、7月1日から東西ドイツが経済的に統合され、人貨の流通が自由化されることを知り、ノービザでも東西を行き来できる可能性に期待をかけ、7月15日にベルリンに着きました。現地の若者に、「外国人だが、本当にノービザで大丈夫なの?」と聞くと、明快に一言「Naturich!」と。この時の、言葉の響きと彼の表情は今でも覚えています。(Naturichは「当然、もちろん」の意味)

ちょっとドキドキしながら、美しい西ベルリンから東ベルリンに入ると・・・、街の古さと暗さ、そして空気の悪さ(2サイクル車「トラバント」の排気ガスは、吸い込むと自転車がこげなくなるくらいひどい)に驚きました。これが「社会主義の到達点」ならば資本主義で結構と思いました。

ベルリンに行ってみると、西ベルリンは東ドイツの中で地理上の隔絶と壁による隔離によって、二重に孤立させられていたことを実感しました。にもかわらず、壁の外(孤立させた側)から壁の中(孤立させられた側)に、自由を求めて決死の逃避行をするという「地理的パラドックス」に、「壊れてみれば、存続していたのが不思議なベルリンの壁」という感慨を持ちました。それは政治の愚行でした。

この旅を境に、私は「社会主義の優越性」という幻想から完全に自由になりました。

全1ページ

[1]


.
Kazzy
Kazzy
男性 / AB型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30

過去の記事一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

ニュージーランドつながり

登録されていません

自然に生きる

登録されていません

政治・経済・社会

登録されていません

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
お米、お肉などの好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!
いまならもらえる!ウィスパーWガード
薄いしモレを防ぐパンティライナー
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!
コンタクトレンズで遠近両用?
「2WEEKメニコンプレミオ遠近両用」
無料モニター募集中!
いまならもらえる!ウィスパーうすさら
薄いしモレを防ぐ尿ケアパッド
話題の新製品を10,000名様にプレゼント

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事