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10月の第4月曜日は、「Labour Day」という国民の祝日。これは1日8時間労働が導入されたことを祝う日で、その起源は1840年に遡ります。英国からウェリントンに移住してきた、大工のサミュエル・パーネル(Samuel Parnell=上の写真の人)は、運送業者のジョージ・ハンターから店舗の建築を頼まれた際、働くのは1日8時間を条件にしました。それが、この国の1日8時間労働の始まりでした。

当時、イギリス本国では、1日12時間の長時間労働があたりまえでした。英国が、18歳未満と女性に1日10時間以内の労働時間を法制化するのは1847年です。そんな中で、労働者寄りの工場主で「空想社会主義者」と言われるロバート・オーウェンは、自分の工場で1日10時間動労を実現し、次の目標として1日8時間労働を掲げます。そして「仕事に8時間、元気回復に8時間、睡眠に8時間を」(Eight hours labour, Eight hours recreation, Eight hours rest)のスローガンができました。

大工のサミュエルは、まさにこのオーエンの掲げたスローガンを、新天地で実現したのでした。彼は、依頼人のハンターに対して「I will do my best, but I must make this condition --」と言ってから、そのスローガンを続け、「明朝8時から仕事にとりかかる」と言います。するとハンターは、「知っての通り、英国では始業は朝6時だ。そうでないと仕事にあぶれる」と反論します。しかし、サミュエルは「ここはロンドンじゃない」と聞き入れませでした。

もちろん、サミュエル以外の大工に長時間働かせようとする雇用者もいましたが、サミュエルに同調する労働者が次第に増えていき、1日8時間労働は慣行として定着します。サミュエルが強気に出られたのは、当時のニュージーランドは植民の初期であり、人材が不足していて技術のある人々は「売り手市場」だったからです。一方、本国のイギリスは「産業革命」の機械化によって、熟練工がその価値を失い、代わりに若年者や女子などの未熟練労働者が、低賃金で長時間働かざるを得ない状況にありました。

19世紀の産業革命当時、ブルーカラーで起こった雇用の変化が、現代ではOA化やIT化によって、ホワイトカラーに起こっているのは興味深いことです。その昔、組合が「電算機導入反対」を叫んでいたのを、技術革新に反対する活動は必ず敗北すると醒めていたのを思い出しました。

このサミュエル・パーネルさんの写真とストーリー(英語)は以下のリンクで見られます。
彼が80歳まで長生きしたのは、やはり1日8時間労働をし、8時間睡眠をとったからでしょうか。
http://www.nzhistory.net.nz/people/samuel-parnell

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