|
私にとってはかなり腹立たしいニュースが日本から届きました。 新潟県加茂市の市長(77)が、同市内で自転車に乗っていた子どもが車と衝突して亡くなったことを重くみて、「自転車事故を完全になくすために」と題した文書を市内約2千人の小中学校の児童・生徒および保護者に配付し「なるべく自転車に乗らないように」呼びかけたそうです。 http://cyclist.sanspo.com/154042 う〜ん、私が自転車好きだからというだけでなく、いろんな意味で間違った対応だと思いますが・・。 いったい自転車に乗る自由を制限する権限が市長にあるのでしょうか。親が自分の子に、あるいは市長が孫に「自転車に乗ってはいけない」と言うのは許されますが、公人として言うのはやり過ぎです。 まず、行政の長としてなすべきことは、交通安全教育の徹底(それでも事故は起こるが)と、自転車が安全に走れる環境作り(自転車道の整備など)でしょうに。自転車に乗らなければ、自転車の交通事故は減らせるかもしれません。でも、歩道を歩いている児童に車が突っ込んだ事故もありました。交通事故を「完全になくす」には、登校させないか、車を走らせないことです。実際9.11テロ直後の米国は、民間機を1機も飛ばしませんでした。それは異常ですが合理的な対処です。その異常な対処が通用したのは「異常事態」だったからです。平時にそんな規制は無理です。 そもそも事故を完全に無くすことはできません。ゼロ-トレランスを目標として掲げるのはかまいませんが、それを本気で実現しようとすれば、人々の一挙一動を監視して規制するギチギチの管理社会にするか、事故の原因となる車も列車も飛行機もお餅もお風呂も階段も犬もみんな無くすしか方法がありません。私は嫌です。嬉しいこともあれば、悲しいことや理不尽なこともある。それが社会であり、人生です。そして自由であることの対価なのです。 自転車に乗らないように求めたこの市長文書の問題点は、自由を制限するだけではありません。この文書によって、今後、子どもが自転車で交通事故にあった時、「市長の文書に従わなかった親と子が悪い」という雰囲気ができます。次の犠牲者を「自業自得」にしてしまう、そういう流れを作りかねない文書であることが分からないのでしょうか。この市長の対応は、筋違いな上に本当の配慮が欠けていると私には思われてなりません。 ニュージーランドでも自転車の事故はよく起きます。郊外では時速100キロで疾走する車の道路脇を走らねばならず、正直、ロングツーリングは快適でも安全でもないと思います。しかし、北島と南島を縦断する自転車道「Nga Haerenga - The New Zealand Cycle Trail」の建設が2009年から国家事業として進んでいます。そのため、新しい自転車道がどんどん伸びてます。http://www.nzcycletrail.com/big-idea また、クライストチャーチ震災復興プランでは、13の自転車道の整備が目玉の一つになっています。 http://www.ccc.govt.nz/cityleisure/projectstoimprovechristchurch/transport/cycleways/index.aspx 整備計画地図 → http://resources.ccc.govt.nz/files/CityLeisure/projectstoimprovechristchurch/transport/cycleways/MajorCyclewaysSchedulingMap.pdf 自転車道は市街地だけでなく、南のポートヒルズにはマウンテンバイクのルートがいくつもあります(上の写真)。中にはかなりワイルドで難易度が高い場所もありますが、もしケガをしても自分の未熟さのせいだと思い、役所に文句を言う人はいないと思います。 日本でも、サイクリングロードが充実している自治体は少なくありません。特に、しまなみ海道の「瀬戸内海横断自転車道」は世界のサイクリストの聖地の一つになろうとしています。河川の堤防の上が自転車道である場合が多いですが、ある市では公共施設同士が遊歩道で結ばれていました。なので、この市長が特異なのだと思います。 私はトロい子どもだったので、自転車に乗れるのが遅く10歳の時でした。おんぼろな22インチ車でよく遠出して日が暮れて3度迷子になり、父親から正座させられて「行くのはいいが、ちゃんと帰ってこい」と叱られました。大人になってからは、国内外を一人でツーリングしてました。http://blogs.yahoo.co.jp/kaz34nz/9571230.html 今思えば、それが海外移住の下地になっています。自転車が私をここまで連れて来てくれたのです。 今の子どもたちにも、そんな自転車との素敵な付き合いができることを祈りつつ。 |
旅行・観光・留学
[ リスト | 詳細 ]
|
相変わらず天気の変わりやすいクライストチャーチでございます。 今日までご滞在のお客様をサイクリングにお誘いしたものの、外は冷たい風がビュービュー、時おり小雨がパラパラとよろしくありません。気象庁のサイトのレーダー画像で雲の動きを確認。今の前線が通過して次の前線が来るまでの間、3〜4時間の晴れ間があるはずと予想し、11時出発を告げました。 11時になりましたが、相変わらずピューピュー。もうちょっと待ちましょう。で、晴れ間が見えた11時半に、待ちきれずに出発。アゲンストの冷風に吹かれながら、目指すは「リカトンブッシュ」。途中で車道から線路沿いのサイクリングコースに入るとホッとします。ここからリカトンブッシュまで自転車道が繋がっているからです。 Minna Houseから約15分でリカトンハウスに到着。屋敷の脇を流れるせせらぎには、カルガモの赤ちゃんがゼンマイ仕掛けのように泳いでいます。自転車を置いて、ものものしい二重扉を開閉してリカトンブッシュの中に入ると、うっそうと繁った原生林の中で、早速、ベルバードが美しい声で迎えてくれました。動物の侵入を阻むための金網に囲まれたリカトンブッシュは、街中にもかかわらず野鳥が多いです。人間がほ乳類を持ち込む前の生態系に戻す試みが行われているのです。 ブッシュを突き抜けるカウリの大木に、お客様の目が止まります。この貴重な原生林が保存されたのは、所有者であるリカトン卿の妻、ディーン夫人が保存を強く望んだからという歴史をお話しながら、移民による都市建設が急がれていた当時、建材に最適なカウリの伐採を止めることは、人々の理解を得にくかったであろうことを思う。ディーン夫人のおかげで今は本当に貴重な市民の財産になってます。 森林浴散歩を堪能しているうちに空は晴れてきました。ハグレー公園経由で帰るためにクライストチャーチ女子校前を通ると、女子校の前に「Antique Sale」の看板を発見。お客様が「寄りましょう」と一言。矢印に従って進むけど会場が分かりません。そもそもこの女子校に入るのが初めてです。出て来た人に目星を付けて、講堂の入り口を発見し、中に入ると受付で入場料が6ドルだと。えっ有料なの?と思う私。躊躇無く支払うお客様。 中に入ると、入場料を取るだけあって、端正なアンティークが並べられてました。スクールバザーみたいなものを想像してましたが、ちゃんとしてます。お客様はいろいろじっくりご覧になって何点か買われました。旅行先でアンティーク店に入るのがお好きだそうで、クライストチャーチには見当たらないなあと思っていたとのこと。あの〜、あったんです。アンティークのお店。地震の前は・・・。 当宿の近所のMerivale Mallには、アンティークショップが4店あって、目の保養になっていたし、時には買ったりしてました。今は小さいのが1店だけ。地震はアンティークの品々に無慈悲な爪痕を残したろうし、時代はネット売買に移行しつつあるので、お店が再開しないのだと思ってました。なので、久々にアンティークの品々を沢山眺めて、気持ちがゆったりしました。アンティークには気持ちを静める効果があるような気がします。 4日の土曜日も開催するそうなので、ワイフとサイフを伴って再訪します。 |
|
今日はお客様のご希望でAir Force Museum (空軍博物館)へ。空軍博物館は、本格的な展示ながら入場無料。お客様も私も昔の飛行機を見ていると気分が上がりました。いくつになっても、Boys will always be boys.ということでしょうか。 |
|
9月28日から夏時間(Daylight saving)になり、時計が1時間進みました。最低気温0度、最高気温11度という肌寒い夏時間初日でございます。昨日の日の出は午前6時8分、日の入りは午後6時32分でしたが、今日の日の出は7時8分、日の入りは7時34分になります。夕方7時過ぎでも明るくなる代わりに、やっと明るくなった朝はまた暗くなります。時計に合わせて季節が気を利かせて夏になるわけもなく、朝暗くて寒い上に睡眠を1時間削られて、眠そうな不機嫌顔で初日の朝を迎えました。 |
|
昨日はうららかな春日和だったのに、今日はサザリー (Southerly) が吹き荒れて寒い。冷たい突風が繰り返し叩きつけるように吹く。まるで南極から打ち出される「冷気の千本ノック」。野球は苦手なのに・・。 |







