KAZのブログ

ナオトさん アリーナありがとう!!

入院をして

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大学4年生の時「右上腕骨巨骨細胞腫」という病気になりました。
その時に感じたこと経験したことを忘れないために綴りました。
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退院記念日

今日12月20日は退院記念日である。
大学4年生の10月に僕は入院した。
病名は「右上腕骨巨骨細胞腫」という病気である。
通常の人間は古い骨を破壊して新しい骨を再生するというサイクルを繰り返している。しかし、僕の右腕はある時そのサイクルが上手く機能しなくった。そう、ひたすら破壊するだけとなっていた...
気がついた時、右上腕骨は空洞になっていた。あるはずの骨がなく溶けている状態だった。

手術は一刻も余談もゆるさない状態だった。最速のスケジュールで手術の日程が組まれた。
今でも忘れない...初めて向き合ったこと。自分が生きること、死ぬこと...家族のこと...

手術は成功した、解けた骨を削り取り、自分の腰骨と人工の骨を混ぜて移植を行った。
幸い悪性ではなかった。転移は認められなかった。覚えているよ、自分のカルテに「悪性の場合は抗がん剤投与」と書いてあったことを...

4年間が勝負だった。再発の可能性は50%だった。でもね、自分では何もできないんだよ...ただ、時間が過ぎるのを待つだけだった。「どうか再発しませんように...」僕も家族も祈ることしかできなかった...
手術前日にB’zの曲を聴いていた。ひょっとしたらもう二度と目覚めないかも...だから最期に...目が覚めたらB’zの曲が聴けますように...って思ったんだよね。

4年経って再発の危険は無いと言われた。もう、手術をした時から7、8年ぐらいが経つか...
今の職場でも自分が病気だったということを知る人は少なくなっている。

でも、寒くなると今でも傷口が疼くんだよね...失ったものもあったけれど、だからこそ気づいたこと考えたこともある。強い人間ばかりではないことを知った。それでもみんなそれぞれ心に抱えたまま生活しているんだということを...

病気にならなければ...と思いそうになったこともあった。でもそれは自分の一部を否定することになるからね。今は共存というのが正しいのかもしれない。

決して忘れてはいけないこと、だから今記事にする。

思い出したよぉ...

とある方の記事を見て思い出しました。
入院中に一緒にいた、オッサンのこと。詳しいことは忘れたけれど...

その前に僕のお年寄りというか目上の人に対する印象ですが...
自分はばあちゃんのことが大好きです。だから、歳とったらみんなあんな感じの人になるのだと思っていた。なんていうのか...尊敬できるというか、「単純にすげぇ〜!!!」って思える存在ですね。
身内だからいろいろあっても基本的には好きですから。年寄りならではの知恵をたくさん持っていて、家のイベントごとにその威力を発揮する。僕が料理が好きなのはばあちゃんに教えてもらいながらやっていたからである。
 だから、僕の中ではお年よりというかある程度目上の人に対しては好印象だったんです。誰でも歳行けば自分のばあちゃんみたいになるんだと...

 でも、ここで出会ったオジジは違っていた。僕のいた病室は整形外科です。だから多分、骨折か何かで入院したんだと思う。
 どうやら、看護師さん情報によると、どこぞやの消防署の所長をやっていたらしい...天皇陛下さまからもなんか勲章とかももらったそうな...
 「ふ〜ん...」なんだよね。別に、入院しているから関係ないじゃん!
 ある意味、入院すると、それまで自分のいた、世界とは隔離される感じです。その世界で通用していた身分とかが関係ないということも知りました。
 身分とか外見が関係なく、人間性がもろ出てくるわけです...
 ところがこのオッサンは...あ”〜言葉に出したくねぇ...
 つまりは、過去の身分とか栄誉を振りかざして暗に同室の僕らにも尊敬のまなざしでみろ!!みたいな感じを要求してくるわけです...
 そういえば...僕が入院した時の話になった時は、「だから近頃の若いもんは...」みたいな...「は〜ん!!てめぇに言われたくねぇんだよぉ...」と数回マジで睨み返したことがありました。

 もちろん、素敵なおじさん、おばさんも他にはいました。そっちの出会いの方が僕には為になりました。全然違う世界の人のお話が聴けますからね。消灯前や、消灯後もその人たちとしゃべっていたこともあります...
 逆なことも言えるわけで...僕よりも年下の人でも充分に立派な人もいることもこのとき知りました。正直、それまでは年下だから...って馬鹿にして見下している自分がいたことも事実です。

 だから、体育会系の年上は無条件で敬えみたいな態度をとられるとかなり反発しますね。それ以外に主張できるところはないんかぁ!!って心の中で思いつつ...(別に長く生きても偉くないじゃん...ってね。)

 そうか...こういう考え方だから反発くらうんだね。僕って...まあ、いいけどね♪
 おっと、久しぶりの毒舌記事になったようです...

サンキューの日

今日は3月9日でサンキューの日です。昨日オーラの泉を見ていて感謝することの大切さを改めて
学びました。

 忘れたわけではないけれど...入院していた時のことを思い出しました...
 入院中のできごとです。僕にとっては親元を離れてはじめての生活です。団体行動が苦手な自分は
いつの頃からか心にストレスを抱えていた。同じ部屋の何人かの言動が僕をすごく傷つけていた。
その時自分は怒りモードになると、入院している病棟を抜け出して最上階のロビーに行って窓から
夜景を見て気をまぎらわせていた。なんとか心を落ち着かせようとウォークマンでB'zの曲を聴いていた。缶コーヒー片手に一生懸命気を紛らわせてた。

 その時、同じ病棟で最近仲良くなったおばさんが声をかけてくれた。僕は思わず今の辛い状況を話してしまった。不覚にもその人の前で泣いてしまいました。普段親の前でも絶対に泣きません。
 そのおばさんが言った時の言葉を今でも覚えています。
 「人間うまく行かなくてあたりまえ。だから、うまく行った時は感謝しなくてはいけないよ...」
何気ない一言でも7年以上経とうとしてもその言葉、あの時の情景が今でも浮かんできます。

 その一言を聞いた時から僕の気持ちは楽になりました。残りの入院生活を無事に終えることができました。
 退院した後も僕の中では不安は続きます。腫瘍の再発にビクビクしながら過ごしていました。次の検査無事に終わりますように...毎回毎回レントゲン撮影の後の先生との診察までの間だ祈るように待っていました。なんど診察後病院を後にした後泣いたでしょう。
 これで次まで大丈夫。そう言い聞かせ最後の診察の時が来ました。もう次来なくていいと言われた時、先生に挨拶をした後、自然と涙が出たのを覚えています。

 確かに担当の先生の手術のおかげて病気は治ったけれど、日常生活レベルでケアしてくれた看護師さんの力も大きいと思う。

 手術が近付いた夜、不安な僕の気持ちを知って深夜勤の忙しい中話を聴いてくれた看護師さん。
 入浴介助、着衣の脱着の介助。術前術後のケアなどなど。僕らが気づかないことで黙々と作業をしていた看護師さん。もうスタッフ全員の名前は忘れてしまいましたが、顔は今でも覚えています。

 入院中は何気なく生活していたが、退院後実際の生活に戻ったと時に改めて看護師さんが力になってくれていたことに気づかされました。
 その時気づかなくても後で感謝されることってたくさんあるんだと思います。

 僕の場合、やはりこの大きな病気をしたことでいろいろと考えるきっかけとなったことは事実です。
家族のこと友達のことそして将来の自分のことなど...

 多分その時に感謝の心を伝えることがちゃんとできなかったので、最近になって無意識のうちに違う形で返しているのではないかと思っています。

 この時どんなに辛いことがあっても乗り越えることができると信じておりました。でもくじけそうになりました。自分の精神的な修行がまだまだ足りないということですよね。

 大きな病気になるというのは、意味がある。そのことを自分でどう受けとめるかが大事。起きたことはもう戻すことはできない。何を感じ、何を学ぶのか?それが大切。
 
 入院中も考えていた。これは僕に与えられた試練だと。僕だからこの状況を乗り越えることができると。普段考えていた死生観が問われていると僕は思った。ガン告知はするべきと思っていた自分。
自分自身の場合は受け入れることができるのだろうか?病気に対する告知のこと。術後から予想される厳しい現実など...
 そういえば、漠然と不安になってカーテンしめて声出さないようにして泣いたりもしたよなぁ...

 いろいろな状況を乗り越えて今僕はここにいる。そしてたくさんの素晴らしい人に出会うことができました。これからも出会う気マンマンですけど。

 今の状況をありがたく感謝する日。サンキューの日です。

 

ブログ仲間桃次さんの記事に告知について書いてありましたのでトラバさせていただきます。

自分自身この問題についてはリアルに考えさせられました。病気になる前は、なんとなく「告知に対しては本人に言うべき」と思っていました。

 でもね、自分がいざ大きな病気になった時本当にその考えでいいのか迷ったわけです。僕の場合は、
右上腕骨に腫瘍ができました。入院した当初は、悪性か良性かわからない状態でした。悪性ならばつまり癌という事になりますよね。

 なので入院中検査結果がくるまでに考えさせれました。まず真っ先にお願いしたのは両親と家族に僕の病気について絶対隠し事をしないで欲しいとお願いしました。どんなに最悪な結果がでたとしても自分で受けとめなくてはいけないと思ったからです。
 なぜそう思ったかというと、僕の両親は親戚に不幸がおきそうになると僕が動揺したらいけないと思って隠してしまう傾向がある。はっきり言って僕にとっては迷惑です。まあ、家族の気遣いもわかるけど、そういう事を隠すことに僕は抵抗を感じます。なので自分が病気になって検査結果を待っているとき、
家族なら僕に「僕のため」とかいいながら隠すような気がしたわけ。
 でも、辛いですよ。「検査結果でても嘘つかんでね。」って息子から言われる父親の気持ちは...
それでも、声を振り絞って言いました。父はわかってくれました。

 手術前、両親と一緒に説明を受けました。手術のこと、再発の可能性があること。再発の可能性は50%。4年間再発しなければほぼ大丈夫。もし再発した時は、再手術など...
 このときから僕は右腕に大きな荷物を背負うことになります。退院後も突然やってくる再発への恐怖。思うように動かない右腕。なんども悔しい思いをしました。
 でも、本当のことを教えてくれたから、命の大切さに気づくことができた。両親のありがたみがわかった。健康でいることの大切がわかった。そして自分が何をやりたいのかもわかった。もしあの時、本当のことを知らなかったら今の自分や考え方は確立していない。
 今だから言えることかもしれないけど、病気をすることで色々なことを考え経験できた。死に対する気持ち生きたいと切に願う気持ちなどなど...やっと右腕のとこを僕の個性と思えるようになってきた。

 自分自身の人生は自分で決めるべきということです。
 今ならはっきり言える。仮に僕の大切な人に告知するかどうか迫られた時、僕は迷わず伝えます。そして「一緒に歩いていこう」と僕は言います。
 

遠回りをしても

 自分は入院するまで比較的順調な人生を歩いてきたと思う。

 無事に高校入試受かって、国立大学推薦で入って、就職決まったしあとは
卒業するだけと思っていた。

 大学に入学する時に決めていたこと、それは無事4年間で卒業すること。
正直自分の家庭の経済状態がリッチじゃないことは分かっている。だから、大学院には行かない。
ましては留年もしないと決め手いた。
 今まで学費を出してくれた親に失礼だと思ったから。自分の怠けで留年するとまた両親に
負担がかかるから。

 だから、正直入院した時、留年することがすごく気になった。だから、父にそのことを伝えた。
「ひょっとしたら、留年するかもしれんし、就職パーになるかもしれん...ごめんね...」

 でも、父は「そんなことはどうでもいい。まずは、KAZの体を治すことが大事。1年や2年
ぐらい気にするな!」

 それまでは、今まで順調に歩いて来た人生の中で初めて周りから取り残されていると感じすごく
不安だった。このまま元の生活に戻れないかもしれないって思っていた。
 父の言葉聞いてちょっとだけ肩の力が抜けた。普段、あまりいいこと言わないくせに、
こんな大事な時にはいいコト言うんだよね。

だから辛い時はB'zのBrotherhoodのを聴きます。そしてまた目標に向かってあるこうと
思いなおします。

 BROTHER 生きていくだけだよ
 ためらうことなど何もないよ 今更
 どうか教えてほしいんだ
 苦しい時は苦しいって言ってくれていいんだよ 
  baby, We'll be alright We'll be alright 〜

 BROTHER 生きていくだけだよ
 ためらうことなど何もないよ 今更
 同じ道をゆくわけじゃない
 それぞれの前にそれぞれの道しかないんだ
  baby, We'll be alright  We'll be alright
  We'll be alright  〜

 BROTHER 生きていくだけだよ
 ためらうことなど何もないよ 今更
 走れなきゃ あるけばいいんだよ
 道は違っても ひとりきりじゃないんだ
 baby, We'll be alright ... 〜

 
 

 

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