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第六十三回猿飛佐助

猿飛 佐助(さるとび さすけ)は、戦前の「立川文庫」のヒーローの1人で、上月佐助をベースにした架空の人物とされるが、実際にいたという説もある。忍術使い、今で言う忍者。


信濃の鳥居峠の麓に住む鷲尾佐太夫という郷士の息子。戸隠の山の中で猿と遊んでいるところ、戸澤白雲斎に見出されてその弟子となる。甲賀流の忍者だが、甲賀の里で修行した経験がない。真田幸村に仕え、真田十勇士の1人として知られる。彼のライバルにして仲間に、霧隠才蔵がいる。大坂夏の陣で徳川方に敗れた後、幸村と共に薩摩に落ちのびたという。

流派が出身地の戸隠流ではなく、甲賀流とされているのは、豊臣方は甲賀忍軍(対する徳川方は伊賀忍軍)を諜報活動に用いた、と言われている事によると思われる。

忍者ものの文学、講談などでは群を抜くヒーローで、のちに戦後になって、彼のキャラクターを借りた猿飛やサスケなどとして、白土三平、その他の小説家、漫画家により繰り返し再創造されていった。

「立川文庫」での原作者が愛媛県今治市出身の山田阿鉄一族であることから、今治駅前に猿飛佐助の銅像が立つ。



(架空説と実在説)
司馬遼太郎の「風神の門」によれば明治末期〜大正年間に立川文庫の作者達がつくった説を紹介し、猿飛佐助の命名は玉秀斎を中心とした作家グループ達がおこなったとの説を補筆している。それを司馬は「なかば真実かもしれない」と理解を示した上で、「すでに江戸時代には大阪の庶民の間でかたりつがれていた」とする岡本良一の異説を紹介し「淡海故録」および「茗渓事蹟」を出典に三雲新左衛門賢持の子、三雲佐助賢春が猿飛佐助であると実在説を支持している。それ以外にも伊賀下忍・下柘植ノ木猿の本名が上月佐助である事から、上月佐助こそが猿飛佐助であるとの実在説もある。これについては大阪夏の陣後、家康の命を受けたと思われる服部半蔵宗家が本拠地の三重県柘植野を徹底的に殲滅・残党狩りをしており、大阪夏の陣で当時の忍術(≒現在の諜報・特殊部隊)を駆使したことへの報復・恐怖の傍証とも取れる。 実在にしろ、架空にしろ立川文庫最大のヒーローとして庶民に親しまれて来た事には変わりなく、存在が曖昧であるからこそ、想像する楽しみがあるとし「実在か架空かを断じる事こそが野暮である」と考える人もある。

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