私の旅ともの物語

35年間世界を旅して集めた古もの

もの物語

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古いものを求めて世界を旅し、それをお好きな方に届けるのがお仕事。サイトで説明しきれない、ものに対する私の想いを綴りました。
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手織りベルベット


カーペットの手法は経糸に糸を結ぶ、ノットの手法です。


中央アジアで8世紀ごろ始まりったとされています。




ベルベットはこの手法を柔らかい布にできないか?で始まりました。


経糸に横長に針金を入れて織、その山をカットする手法です。


現代では全く製作されていません。


横糸は木綿、表になる経糸はシルクのンぽのが多い。


横糸が木綿なのは良く締まるからです。
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イランのベビーベッドのお布団表・手織りベルベット
木製の伝統的のハンモックタイプのベッドです。
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裏はこのような木綿です。
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これもベビーベッド布団表。緑部分も手織りベルベット
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スフレです
。イスラム圏の食事スタイルは床に座り、このような布を広げ上にご馳走、そのそばに座ります。
食事用ですので残存しているものは少ない。
これは高価な手織りのベルベットなので裕福な家の客人用。
とてもきれいな状態です。
現代、一般家庭ではビニールや新聞を敷いています。
以前無地の手織りベルベットをチャパン一枚ができる手織りベルベットの材料が数千ドルで出会いましたが、あまりにも高価すぎて入手しませんでした。
今、当店、アンティーク沙羅にあるのはこれ一点のみになりました。

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イスラムの金工


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イラン・イスフアン・イマーム広場の裏では今でもこのような風景が見られます。
イスラム圏はほとんど過去は遊牧民。
金属製のカップ、鍋などがともに移動していました。
文明は結構高度なもので、象嵌などかなり早くから発展していました。
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イスフアンで製作された300年前の壺です。
四面にその当時の生活風景が描かれ。周囲はシカや花が描かれています。
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今ではガラスが安価になり主流ですが昔は金属のコップ。
エナメル仕事もイスラム圏発症です。こらはアフガニスタンのもの。
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シリア・アレッポの菓子器
オスマントルコ時代のもので文字はアラー。
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トルコpのオイルランプ、カシュクル。
順金線が象嵌されています。さほど古いものではありません。
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ちなみにこれはチベットの柄入り器ですが、線象嵌でなく柄付けした後は金箔が付けられています。

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ペルシャ更紗


布に柄付けをする方法で木版、銅板、ロウ付け、糊付けなど手法は様々です。
ここに更紗の説明があります。

私がペルシャ更紗と呼んでいるものは木版の更紗です。
発色の良いものはインドのコルマンデラ海岸で作られてものですが、イランでもイスフアン、テヘランで製作されていました。ただ比べるとインド製作のものはあかねの赤が美しい!で、私が求めたのはほとんどインド製です。1925年以前のものはすべて草木染めです。
1925年パフラビ朝、イランは財政困難に陥り、この美しい更紗の輸入は禁止になります。国内での製作も中止されました。

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これは生命の樹
数枚所有していましたが、現代はありません。もう入手困難。
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19世紀の布団表、新婚ようですから、大きい。
今所有している中で一番大きくて美しい!
25年前、綿が入った状態で入手したこともありましたが、裏布はロシア更紗でした。
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これは私は書いた本、もの物語にも出てきますが、昔のバスタオル。
ハンマームで使われていたもの。
イスラム圏は同じ柄を300年も作り続けていたのです。
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ボクチェ(風呂敷)、湯あみマットなどもありました。
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これは更紗コート。裏は粗目の手織り布更紗で日本では鬼更紗と命名して茶人が好んだものですが、イランでは裏にしか使われません。
肩の部分に年代が入っていて1700年代。
多分コートに製作されたのはその随分後だと思います。
着用感はありますがそんなにほころびはありません。
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2000年、現代のイラン更紗の製作現場に取材に行きましたが、古いものとは全く違い、色は化学染料、布は手織り風の機械織です。
煮ることで化学染料のアリザリンの色が定着します。
この後そばの河で洗っていました。

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刺繍は最古の柄付け

人は美を望みます。刺繍は布に針と糸があれば美しい模様ができます。
世界中で使われてきた柄付の技です。
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ロンドンのヴィクトリアルバート所有、16世紀の司祭のケープです。
 
刺繍は部分的に糸を使うのが容易ですので、さまざまな色の使い分けができます。
こんな美しい柄もできるのです。
 
 
ただ広い面を刺すことはとても時間を要します。
そこでインドでは木版の更紗が盛んに創られるようになったそうです。
イギリスのたくさんの刺繍制作の要求に困ったのでしょうね。
 
 
 
 
 
 
 
 
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日本の鎌倉時代の仏刺繍。
以前jから刺繍の技はあったのですが、
仏画で脚光を浴び、
日本の刺繍は発展のスタートをしたのです。
試楽の衣装、陣羽織、着物、帯など・・・
これはチエーンステッチで埋め尽くされています。
 
法隆寺のそばの中宮寺の弥勒菩薩がある部屋に名前は忘れましたが、ある奥方が主の死を悼んで刺した仏画の刺繍があります。
 
刺繍は一針、一針想いをめぐらしながら刺してゆきます。
 
ステッチも様々、国々で好みがあり、特徴のあステッチもあります。
 
インドのカッチ湿地帯ではレーシングステッチというのがあり、刺すばかりではなく、同じ針で編むテクニックもあります。
 
今も世界中どこでも刺繍はさされています。
次はあちこち旅をして出合った刺繍を綴ってみます。
 
お勧め博物館
ロンドンのヴィクトリア・アルバートミュージアム
テキスタイルの宝庫です。何日見ても終わりません、でもさすがイギリスです入場料はなし。
上階のたくさんの引き出しには裂がどっさり。中には一般の方の寄付のものもあります。
日本でもこのような博物館が欲しいです。
インドのアーマドバド・キャリコミュージアム
ここは数回訪ねています。すごく大きい博物館ではありませんが。
インドの古い布がたくさん見れます。
白地に白糸でびっしり刺したショールが光に透けると美しい!
 

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これはサマルカンド郊外の屋外での重要会議中??緑の中の縁台でお茶を飲んでいるだけかも?
確か2002年撮影。こんな中央アジアらしい風景は消えてゆきますね。
ウズベク男性の伝統服、チャパンに帽子を被ったお年寄りたち。
若者はTシャツにジーンズ。
このウズベクで有名なのがスーザニ。
刺繍なのだがフックを使った刺繍と区別し、針仕事の刺繍という意味です。
なので今では他国のニードルワークもスーザニというようになっています。
10年前はこの古いものがロンドンのハリーオクションで1000万円がついていました。
なぜかドイツ人がお客だったようです。
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ボハラ郊外でスーザニがはためいて客を待っています。
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今でも女性はちくちく刺しています。
でも糸は化学染料、パーターンや刺し密度は全く違います。
ウズベクの女性も働き者ですよ。
1992年までろソ連連邦に属していたので、共産圏、ロシアの影響があちこちにいまだにあります。
大きな会社はロシア人。タシケントの人口10%は歴史の中で住まわされた韓国人。
これは行って初めて知り驚きました。
でもスーザニを作るのはウズベクの女性。
 
 
 
 
 
所有しているスーザニでベストのものです。
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これは拡大写真ですが針目が見えますか?
ウズベクの布は日本と同じように手織りは細幅ですす。これも8枚の手織綿がはぎ合わされています。素材を見ればわかるのですが18世紀のものです。
大きさは220x250cm
広げると写真が撮れなくって・・・
 
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これも大きなスーザニで220x280cm
さすが大陸の刺繍です。
柄がでっかい。太陽、月、星です。
 
大きなスーザニはハレの日の壁掛け。
これをかけることで日常空間が特別なものになります。
小豆色の無地部分は刺繍なしです。
珍しく全体がおとなしいしっとりとした色彩です。
 
 
 
 
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これも大きな柄。
大きなスーザニで198x238cm。
太陽ですね。
そしてこれは裏全体が木版染めの更紗です。
 
 
 
 
 
古いものは斜めに糸を刺してかけながら刺していきますが、
新しいものはチエーンステッチに見える、フックで刺しているものが多いですね。
 
以前はこのフックのものもありましたが、今私が所有しているのは古いものばかりです。
 
 
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イスラムのミフラビです。
壁に欠けて祈るのです。
チモール帝の故郷、シャフリサーブにあったものです。
痛みが結構あります。
 
ウズベクは数回入っていますが、50年以上古いものは持ち出し禁止。
でも一度は発送できましたが、次は空港で没収されました。その時は半分をインドへ持ち出して送ろうと思ったのです。ウズベクの友達が政府と交渉してくれたが駄目。
で、私が直接交渉するほうがよいというので外務大臣にあった。
おつきがこそっと「あれはまた売るのだよね・・・」 聞こえましたよ。
外務大臣いわく「古くないものも募集しています。裁判を起こしなさい」
はー???裁判、時間もお金もかかる・・・ア・キ・ラ・メ・・・・
で、残り半分と新たに購入したものを友人のアフガン人が陸路でウズベクからアフガニスタンへ持ち出し、
そしてパキスタンへ持ち込み、パキスタン在住のアフガンの私の友が日本へ送ってくれました。
人は信頼をするとそれにこたえてくれます。特にイスラムではそうですね。
持ち出し作戦をしてくれたウズベクに住むアフガンの友人は
「masako!お前のものを盗られたのだ。そいつを殺せ!」 ・
ハ?ハ?????たかが品物だよ・・
自分の身は自分で守れ!ですかね。
7年前のお話で、今は事情が違うかも。
それにもう古い良いものはなくなったので最近は行っていない。
時折友からメールが来るが・・・

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