私の旅ともの物語

35年間世界を旅して集めた古もの

もの物語

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古いものを求めて世界を旅し、それをお好きな方に届けるのがお仕事。サイトで説明しきれない、ものに対する私の想いを綴りました。
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手織りベルベット

手織りのベルベットはカーペットの技と同じようですが、
上部に針金を通して織りその山をカットするのです。
表はシルクですが裏は木綿。木綿の方が織の締まりが良いのです。

この手法中央アジアで始まりました。
ウズベキスタンでも見たことがありますが、グリーンの無地のベルベットですごいお値段だった!
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イランのスフレ。裕福な家庭で使われる食事用のテーブルでした。
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表はシルクですが、裏面はこのように木綿です。
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上はベビーベッドンのお布団の表。裏面には綿の跡があります。
イランの昔のベビーベットは木製のとても立派なものです。
壁からつるす形ですが、写真がどこにと探しましたが見つかりません。
赤ちゃんに対する思いやりはどこも同じですね。

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ペルシャ更紗


布に柄付けをする方法で木版、銅板、ロウ付け、糊付けなど手法は様々です。
ここに更紗の説明があります。

私がペルシャ更紗と呼んでいるものは木版の更紗です。
発色の良いものはインドのコルマンデラ海岸で作られてものですが、イランでもイスフアン、テヘランで製作されていました。ただ比べるとインド製作のものはあかねの赤が美しい!で、私が求めたのはほとんどインド製です。1925年以前のものはすべて草木染めです。
1925年パフラビ朝、イランは財政困難に陥り、この美しい更紗の輸入は禁止になります。国内での製作も中止されました。

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これは生命の樹
数枚所有していましたが、現代はありません。もう入手困難。
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19世紀の布団表、新婚ようですから、大きい。
今所有している中で一番大きくて美しい!
25年前、綿が入った状態で入手したこともありましたが、裏布はロシア更紗でした。
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これは私は書いた本、もの物語にも出てきますが、昔のバスタオル。
ハンマームで使われていたもの。
イスラム圏は同じ柄を300年も作り続けていたのです。
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ボクチェ(風呂敷)、湯あみマットなどもありました。
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これは更紗コート。裏は粗目の手織り布更紗で日本では鬼更紗と命名して茶人が好んだものですが、イランでは裏にしか使われません。
肩の部分に年代が入っていて1700年代。
多分コートに製作されたのはその随分後だと思います。
着用感はありますがそんなにほころびはありません。
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2000年、現代のイラン更紗の製作現場に取材に行きましたが、古いものとは全く違い、色は化学染料、布は手織り風の機械織です。
煮ることで化学染料のアリザリンの色が定着します。
この後そばの河で洗っていました。

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刺繍は最古の柄付け

人は美を望みます。刺繍は布に針と糸があれば美しい模様ができます。
世界中で使われてきた柄付の技です。
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ロンドンのヴィクトリアルバート所有、16世紀の司祭のケープです。
 
刺繍は部分的に糸を使うのが容易ですので、さまざまな色の使い分けができます。
こんな美しい柄もできるのです。
 
 
ただ広い面を刺すことはとても時間を要します。
そこでインドでは木版の更紗が盛んに創られるようになったそうです。
イギリスのたくさんの刺繍制作の要求に困ったのでしょうね。
 
 
 
 
 
 
 
 
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日本の鎌倉時代の仏刺繍。
以前jから刺繍の技はあったのですが、
仏画で脚光を浴び、
日本の刺繍は発展のスタートをしたのです。
試楽の衣装、陣羽織、着物、帯など・・・
これはチエーンステッチで埋め尽くされています。
 
法隆寺のそばの中宮寺の弥勒菩薩がある部屋に名前は忘れましたが、ある奥方が主の死を悼んで刺した仏画の刺繍があります。
 
刺繍は一針、一針想いをめぐらしながら刺してゆきます。
 
ステッチも様々、国々で好みがあり、特徴のあステッチもあります。
 
インドのカッチ湿地帯ではレーシングステッチというのがあり、刺すばかりではなく、同じ針で編むテクニックもあります。
 
今も世界中どこでも刺繍はさされています。
次はあちこち旅をして出合った刺繍を綴ってみます。
 
お勧め博物館
ロンドンのヴィクトリア・アルバートミュージアム
テキスタイルの宝庫です。何日見ても終わりません、でもさすがイギリスです入場料はなし。
上階のたくさんの引き出しには裂がどっさり。中には一般の方の寄付のものもあります。
日本でもこのような博物館が欲しいです。
インドのアーマドバド・キャリコミュージアム
ここは数回訪ねています。すごく大きい博物館ではありませんが。
インドの古い布がたくさん見れます。
白地に白糸でびっしり刺したショールが光に透けると美しい!
 

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これはサマルカンド郊外の屋外での重要会議中??緑の中の縁台でお茶を飲んでいるだけかも?
確か2002年撮影。こんな中央アジアらしい風景は消えてゆきますね。
ウズベク男性の伝統服、チャパンに帽子を被ったお年寄りたち。
若者はTシャツにジーンズ。
このウズベクで有名なのがスーザニ。
刺繍なのだがフックを使った刺繍と区別し、針仕事の刺繍という意味です。
なので今では他国のニードルワークもスーザニというようになっています。
10年前はこの古いものがロンドンのハリーオクションで1000万円がついていました。
なぜかドイツ人がお客だったようです。
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ボハラ郊外でスーザニがはためいて客を待っています。
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今でも女性はちくちく刺しています。
でも糸は化学染料、パーターンや刺し密度は全く違います。
ウズベクの女性も働き者ですよ。
1992年までろソ連連邦に属していたので、共産圏、ロシアの影響があちこちにいまだにあります。
大きな会社はロシア人。タシケントの人口10%は歴史の中で住まわされた韓国人。
これは行って初めて知り驚きました。
でもスーザニを作るのはウズベクの女性。
 
 
 
 
 
所有しているスーザニでベストのものです。
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これは拡大写真ですが針目が見えますか?
ウズベクの布は日本と同じように手織りは細幅ですす。これも8枚の手織綿がはぎ合わされています。素材を見ればわかるのですが18世紀のものです。
大きさは220x250cm
広げると写真が撮れなくって・・・
 
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これも大きなスーザニで220x280cm
さすが大陸の刺繍です。
柄がでっかい。太陽、月、星です。
 
大きなスーザニはハレの日の壁掛け。
これをかけることで日常空間が特別なものになります。
小豆色の無地部分は刺繍なしです。
珍しく全体がおとなしいしっとりとした色彩です。
 
 
 
 
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これも大きな柄。
大きなスーザニで198x238cm。
太陽ですね。
そしてこれは裏全体が木版染めの更紗です。
 
 
 
 
 
古いものは斜めに糸を刺してかけながら刺していきますが、
新しいものはチエーンステッチに見える、フックで刺しているものが多いですね。
 
以前はこのフックのものもありましたが、今私が所有しているのは古いものばかりです。
 
 
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イスラムのミフラビです。
壁に欠けて祈るのです。
チモール帝の故郷、シャフリサーブにあったものです。
痛みが結構あります。
 
ウズベクは数回入っていますが、50年以上古いものは持ち出し禁止。
でも一度は発送できましたが、次は空港で没収されました。その時は半分をインドへ持ち出して送ろうと思ったのです。ウズベクの友達が政府と交渉してくれたが駄目。
で、私が直接交渉するほうがよいというので外務大臣にあった。
おつきがこそっと「あれはまた売るのだよね・・・」 聞こえましたよ。
外務大臣いわく「古くないものも募集しています。裁判を起こしなさい」
はー???裁判、時間もお金もかかる・・・ア・キ・ラ・メ・・・・
で、残り半分と新たに購入したものを友人のアフガン人が陸路でウズベクからアフガニスタンへ持ち出し、
そしてパキスタンへ持ち込み、パキスタン在住のアフガンの私の友が日本へ送ってくれました。
人は信頼をするとそれにこたえてくれます。特にイスラムではそうですね。
持ち出し作戦をしてくれたウズベクに住むアフガンの友人は
「masako!お前のものを盗られたのだ。そいつを殺せ!」 ・
ハ?ハ?????たかが品物だよ・・
自分の身は自分で守れ!ですかね。
7年前のお話で、今は事情が違うかも。
それにもう古い良いものはなくなったので最近は行っていない。
時折友からメールが来るが・・・

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カシミール刺繍

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これは19世紀または18席末のカシミールショールの刺繍縁部分。
刺繍がされていなかった部分はもう消滅。
刺繍は刺し子と同じで、この部分は強くなり残るのです。
全て草木染の糸で刺しています。きれいですね!
カシミールは16世紀ごろから織のカニショールが有名。
世界の支配者を魅了したのですよ。ナポレオンもこれを肩にかけた肖像画があります。
織だけでなく刺繍も盛んだったのです。糸は360種の色が草木で作られていたそうです。
現代のカシミールの刺繍
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上物のカシミールショールは手紬、手織りのパシミナに刺されます。全体がとても小さな柄で、スーザニ、ニードルワークです。
複雑な柄ですので目測で刺すことはできません。
 
柄付の最初の工程は版木で柄を押してゆきます。
 
 
 
 
 
 
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インドの木版染めは有名ですが。ここでも大活躍。
長年の版木帳が大切に保管されいます。
濃いい色の地布には白で、薄い色の地布は黒で押されます。植物のオイルの白黒です。
刺した後、レンタソープと言われている植物の実で洗うとこれは取り除かれます。
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カシミールはイスラムの人がほとんどで
刺繍仕事は男性の仕事。
ちくちく1日8時間、刺します。
 
息子も刺繍職人になるのかな?
若者にこの質問をしたことがありますが。
「しないよ、1日中座っておれないよ」
と言っていました。
 
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この取材は20002年のものです。
 
今でもしているのかしら?
 
 
 
 
 
 
 
 
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これは黒のパシミナ(1mx2m)の地色は黒ですからそれ以外は刺繍。
このように全体に刺し込んだものは8ヵ月かかるそうです。
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このような薄い色の四角、
160x160cmのものもあります。
現代でもアラブのお金持ちが買いに来るようです。
ヨーロッパの人々もカシミールのショールには一目置いていますね。
 
 
 
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普通のウールのショールではフックを使った、一見チェーンステッチに見える刺繍で枠にはめ刺します。
 
これは薄い布に刺していますが・・・・
 
 
 
 
 
 
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ナムダと呼ばれる、20年位前日本でもよく見かけました敷物はこのフック仕事です。
 
ナムダに座って手撚りした糸を三本に合わせてさらに拠っている写真です。
 
こうして手作業で拠ると空気をたくさん含み暖かいのだそうです。またパシミナの毛は短いので機械で拠るのは難しいそうです。
この糸を拠る作業はこの地方の女性の内職。
私がお世話になったハウスボートの奥さんも暇があれば拠っていました。それをショール親方のところへ持って行って買ってもらうのです。
 
http://www.shara-japan.com/shop/shawl に全体のカシミールショールの説明があります。
 
たくさんの手が掛かっています。したがってお値段もそれなりです。
いつまで続くのでしょうかね?

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