次から次へと噴出する夫の実家の家族がしでかした後始末をし、怒りで家中の窓ガラスを叩き壊し、椅子とか投げ飛ばしたい気持ちを収め毎日を過ごす。
先日、派遣先の会社の仕事で群馬へ行った。
ホームを歩く人がこんな位置に見える不思議。
生まれて初めての群馬。
駅前は緑が多く、蒸し暑くとも目には涼しげ。
一日目、仕事が終わってから、部長さんたちと宿泊先近くの居酒屋に行った。
お二人とも名前は知っていけど初対面。
一人の部長さんAは50代後半。元気で明るく気さくで気配りがあり、仕事中もお姫様扱いしてくれ、どちらが上司かわからない状態(笑)。
もう一人の部長さんBは50代半ば、知的で紳士的な振る舞いだけどこちらのかたも気さくで気配りがあり、三人で飲んでいてもそこそこ楽しい。
B部長がA部長に、
「どうですか、少し落ち着きましたか。まだ落ち着かない時にすみませんね」と言った。
A部長
「まだ毎週坊さんが来て、お参りがあるし、なかなか終わりませんわ」
B部長
「相続とか大変でしょ」
A部長
「いや、自分は放棄するつもりだし」
B部長
「だけど、ご長男でしょ、喪主もやられていたではないですか」
A部長
「あぁ、あれはね。ほんとは家族葬でやりたかったんですよ。でもまあね、いろいろあって、会社からもね、まあいろいろね」
A部長さんの亡くなったお父様は同じ会社にお勤めで会社に貢献された方とのこと。
いろいろなしがらみもあるのだろう。
お二人のやり取りを聞いていてわかってきたことは、A部長は父親と同じ会社に入社し、結婚後は両親と同居。父親と折り合いが悪く、母親が亡くなった後、奥様お子様たちと家を出る、お父様からはその際、「二度とこの家の敷居をまたぐな」と言われたと。それからほぼ絶縁状態だったようだ。
そんな自分だから遺産は弟と妹で分ければよいと。
しかしながら、A部長さんは、そういったことではない部分で複雑な心中があるように見受けられた。
私はまだまだ続くお二人の会話から勝手にこう推察した、A部長さんは親の七光りでいまの自分がある、そして周りの人たちもそう思っているであろうと思っている。そして、亡くなったお父様からも「俺のおかげ」「誰のおかげと思っているんだ」「お前なんか俺がいなければ…」というようなことを言われ続けていたのではないだろうか。
仕事中の元気で明るくハツラツとしたA部長さんの心の陰を見たような気がした。
いろいろありますよね。。。
「私の父はもう亡くなっていますが母はいま特養にいます。子どもの頃から大嫌いでした。大人になってからは死ねばいいと思っていました」
死ねばいいと思っていても、何不自由なく育ててもらったことはやはり恩というものなのだろうか。
「誰のおかげで大きくなったと思っているんだ」と言う母の金切り声は耳から離れない。
A部長は私に「自分と同じ気持ちの人に初めて会った」と言う。
めったに会わないかもね、でも言わないだけと思う。
同じような気持ちを引きずり生きている人はいると思う。
翌日、再び元気で明るくハツラツとお仕事をするA部長を見、言わなかったけど、もうそれでいいじゃんって思った。
お父様のおかげもあったかもね、でもそれだけではないA部長の実績は絶対にある。
ご自分でそう思えた時にラクになるかもね、なんて思った。
先日、私の職場にA部長さんがいらした。
やはり、元気で明るくハツラツとしたご様子。
大きな声で「おー、こないだはご苦労さん、またよろしくね」
友達だったらその場で「もー、いいいい、それで。もー考えるな。そのまんまでいい、あんた頑張っとるもんで」って言うだろう。
人のことはあれこれ思っても自分のことはよくわからないな。
私は…いま現実に起こっている現実に向き合いつつ、仕事という大義に息抜きしているかもね。
仕事の合間に一人で行ってみました。
誰もいない。
どうしたら心を収めることできるのかな。
静かにぼんやりしました。
なにをお祈りしようか、目の前のごたごたあれど、やっぱり世界の平和…かな。
これまた大層な(笑)
目の前のごたごたに発狂したいくらい腹を立てているこの私が。