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★ザルツブルグの新市街と旧市街を結ぶシュターツ橋からの夜景 @ @ ニューヨークがある程度一段落してしまったので(時々は更新しますが。。。)、これからはしばらく記憶を呼び覚ましながらヨーロッパ中心に更新していきたいと思います。 まずはオーストリアのザルツブルグの続きからです。 @ @ ザルツブルグを訪れた理由はホーエンザルツブルグ城を見ることだけだったので、その目的が終わると、任務完了みたいな感じであとはもう街をぶらぶら。 ガイドブックすら持っていなかったので、ホテルでもらった簡単な地図だけが頼り(泣) モーツアルトの生家と育った家を入念に見学し、「サウンド・オブ・ミュージック」にも出てきたミラベル宮殿を散策。それから旧市街を一通り散歩。意外に面白い!ザルツブルグは二日ぐらいののんびり小旅行にはもってこいのこじんまりとした街です。 出発前に、再びホーエンザルツブルグ城へ。 初日にすっころんだ急坂を注意深く上り(ケーブルカーもありましたが意地でも使わず。。憎き坂にリベンジ)、城門をくぐると、なにやら怪しげな儀式のようなものが行われていた。 拷問だ!!!!! 黒服の司祭や男たちが一人の女性に拷問していました。最初はパフォーマンスか何かと思ったが、女性はギャーギャー泣き叫んでいる。 このホーエンザルツブルグ城は拷問の展示室があるくらいだから、拷問のゆかりは深い。 体験拷問コースなのだろうか、それともこの女性は拷問を受けるに値する何か重大な罪を犯したのだろうか。真相はわからないが、拷問は見るに耐えなかった。 ジョウロのようなものに入れた大量の液体を無理やり飲み込ませたり、二人の男に両腕を引きちぎられそうになったり、まるでホラー映画!(ホラー苦手の私はすぐに見ていられなくなってしまった。。。) いったい何の儀式なんだろう?????(煮えきれないままその場をあとに。。。) このホーエンザルツブルグ城は大司祭が猜疑心から建てたような城。きっと罪なき大勢の人が拷問にさらされ命を落としていったのだろう。ある大司教もここで幽閉され命を落としたという。 なんとも怪しい雰囲気に彩られた城である。 訪問前の「壮観で美しい山城」という印象が、訪問後には「拷問の怪しい恐怖城」に変わってしまった(汗) |
--ザルツブルグ--
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ザルツブルグの街は派手さはないのですが、目を凝らしてみるといろいろと面白い発見がありました。 こういった小さな発見も旅の醍醐味ですよね! @ @ 私はチェスのことはまったく知らない。机上のゲームとばかり思っていたが、ザルツブルグでは広場で行うゲームだった。 でもチェスはまだいい。 オセロを公園サイズでやったら大変だ。 タイヤのようなオセロを何度も裏返しにしなければならず、勝てば勝つほど罰ゲームのような重労働が待っている。理不尽、極まりない。 私はこの家の小ささよりも、いかなる経緯をたどってこうなったのかを知りたい。 すき間産業みたいにあとからちゃっかり入ったのか、両脇の圧力に屈して徐々に縮んできたのか。 二階の居住性はとんでもないことになっていそうだ。 これは一体なんだろう?豚と牛と鳥。スーパーと同じラインアップだ。 この人は動物の見方なのか敵なのか?肉食なのかベジタリアンなのか? 垂れ幕のドイツ語(?)はまったくヒントも手がかりもない言葉だ。サービス精神にかけている。
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なかなか日本では一ヶ月の休暇とか取りにくいが、海外では2〜3週間は当たり前。 思い切って、申請を出してみたら、なんとOKが出た。 それまで、ほとんど有給を取得していなかったのと、「ヨーロッパの文化を知り今後の仕事に生かしたい」という私の熱弁が功を奏した。 旅行代理店は一切使わずに、完全自己手配。今の時代、NETがあるとホント便利です。 田舎町の小さなホテルの予約なども取れてしまいます。 まあ、そんなこんなで旅の始まりです。 オーストリア航空(ANAとシェア便)で一路ウィーンへ。そこで乗り継ぎ、ザルツブルグへ。 @ @ ◇ ◇ 山の上の要塞、ホーエンザルツブルグ城を見たいがために訪れたザルツブルグ。 モーツアルトの生まれた街としても有名。 Salzburgの「salz」は塩、「burg」は城、という意味らしい。つまりSalzburgは「塩の城」 この城を築いた大司教はかなりの臆病だった。それで築いた難攻不落の城。 徒歩でのぼるのはかなりつらい。観光客にも難攻不落。 帰り道の急な下り坂、油断してたら転んだ(泣) 初日は、時差ぼけで痛み出した頭と転んで痛いお尻を癒すために、ホテルでゆっくりバスタブにつかり、熟睡しましたzzz でも旅の始まりの一日というのは、背中に翼が生えたような感じでなんとも心地よいですね。 |
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