Mt.KAZENOKAMIのブログ

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血糖値が落ちた! ケータイ投稿記事

 
沢山のコメントを頂いていますのに、リコメが返せなくて、申し訳ございません。もうしばらくお待ち下さい。

今日は通院日でした。薬を飲み食生活を改善して何度か検査しましたが、数値に改善が見られず、更に強い薬を出されて、インスリン注射は勿論、透析の話まで出ました。

インスリンが殆ど出ていない、即ち、膵臓がイッてしまっている可能性を指摘され、様子をみていました。

半分諦め、『どんな姿になっても、生きてりゃイイんだ』と覚悟を決めていたのですが、今日の採血で、前回230ml/dl(食後2時間半)だったグルコース(血糖値)が120ml/dl(食後2時間半)まで下がってました。

まあ、薬を飲まされていますし、これでも基準値を少しオーバーしていますが、看護婦さん達もビックリして、キャーキャー言ってました。私も久々にジ〜ンときましたね。

グルコースは、最初は食後5時間位は経過していても240ml/dl位ありました。しかも、あまり食べていなかったのです。



膵臓は、まだ生きていました。もうしばらく苦しい食生活を続けますが、薬が要らなくなるまで頑張ります。

もう、以前の暴飲暴食生活は出来ませんが、健康な身体になって糖尿病患者さんを励ましてあげたいです。

苦しいけど頑張るか。最後には足を切り刻まれて、何年も生きられなくなっても、ガッツリ好きに飲み食いするか。

その人の選択ですよね。


糖尿病やダイエットに、食べてはいけない物なんてありません。
苦しい食生活とは言いながら、(少ない量ですが)スイーツ食べながら、血糖値を落としています。これは、お約束ですので(笑)。前に記事に書きましたからね…。
色々研究して、糖尿病患者さん達を励ましてあげたいですね
 

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  ☆ご当地最中☆

日立製作所の歴史は古く、1905年(明治38年)まで遡ります。

日立製作所の前身は日立鉱山ですが、そのルーツとなるのが宮田川の上流域にあった赤沢銅山です。

赤沢銅山は1905年、久原房之助によって買収され、日立鉱山と改名されました。

また、日立鉱山内の機械修理製造部門で、小平浪平が1910年(明治43年)に独自の設計で国産初のモーター(5馬力誘導電動機)3台を製作し、日立製作所が誕生していきます。

1912年(明治44年)1月1日、日立鉱山から独立し久原鉱業所日立製作所となり、1920年(大正9年)には、株式会社日立製作所として完全に独立しました。



鉱業のみの事業では、将来性に不安があると考えていた小平浪平は、1911年(明治44年)から電気機器の製造を本格的に開始しました。

そして、1916年(大正5年)に製作を開始したのが扇風機です。



残念ながら、2005年に扇風機事業から撤退し、89年の歴史に幕を閉じましたが、刻まれた歴史は絶対に消えませんよね!



銘菓せんぷうきですが、かつて小川屋さんの店主が、町の銘菓にしようと、工場に必死に頼みこんで許可を得たものです。

扇風機事業の最盛期には、お茶請けとして工場へ大量に届けたと話してくれました。

モーター最中と同様、由緒ある和菓子ですね…。

日立土産に是非どうぞ!



  画像の説明です


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青柳製菓さんでモーター最中を買った後(笑)、寄りました。
お店の左側(手前)が工房になっています。
なんと洋菓子も作っているんですよ!
この日は空調を入れていた為、銘菓せんぷうきはショーウインドーにはなく、工房から持ってきてくれました。
スラッとしてハキハキした店主さんでしたよ。


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小倉餡、うぐいす餡、栗餡の三種類です。どれがどれだか忘れました
しっかりと甘いのですが、かなり美味しいですよ!


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アップです!





    小川屋

〒 317-0072
茨城県日立市弁天町1丁目8-10

TEL:0294-21-0560

営業時間 10:00〜18:00
 

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