風の旅路

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北海道に行ってきたどぉ〜

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2005年11月9日
知床プリンスホテルの出発は朝の9時。
もっとも帰りの飛行機は20:35の女満別空港だから
ちょっと考えただけでも時間が有り余ってしまうことは予想できる。
だから9時の出発はとてもゆっくりで良かったかな。

ホテルから20分ほどで、知床5湖の入り口に到着した。
駐車場の脇のお土産やは11月6日でしまっていて、
その屋根には明け方積もったであろう雪がうっすらと白く被っていた。
ほんの少しだけ雨が降っていると思ったが、
それはかすかに小雪が混じって飛んでいたのだった。
バスの中で冬眠前の熊の話が出て、この近辺は、まさにヒグマの生活エリアだから
と散々脅かされて、一つ目の湖を目指した。足元のぬかるみもあって
僕とかみさんは、他の乗客達と離れて早々とバス駐車場に戻って、
そのすぐ隣にある展望台でお茶を濁してきた。
僕は今から7〜8年ほど前に知床5湖を全部見て回ったことがあるが、
同行の人と無駄に大きな声で歩いたことを思い出したりした。
もちろんヒグマと出会わないことを祈りながら・・・。
今年、2005年の7月に知床は、世界遺産に要録された。そのせいもあって
夏のウトロの宿泊はずいぶん遅い時期まで、満員だったらしい。
世界遺産になったのは結構な話だが、それだけの人が出すごみやトイレのことなど
きちんとやっているのか、心配になってしまうね。

知床を後に昼食先の川湯温泉に向かう。
ここからは1時間半ほどかかるとのことで、
案の定バスの中の大半の人が気持ちよく転寝(うたたね)を楽しんでいた。

川湯温泉の昼食はなんとも豪快だった。
ちょっと見は小奇麗な旅館の中に昼食をとりに入って、連れて行かれた先は
完全に体育館そのもので、その中を先客達の炭焼きバーベキューの煙が
もうもうと立ち込め、まさに小型ドラム缶・炭焼き体験大会の図を呈していた。
名前の書かれた炭火の前に向かい合わせで座って、
ジンギスカンの炭焼き体験をしながらの昼食なのだ。
とにかく、顔が熱い。足の太ももが熱い。
羊の肉や野菜を炭で焼いているけど、こちらの顔は遠赤外線で、食事が終わる頃には
こんがりと いい顔色に焼けていることだろう。
しかし、それなりに楽しかったし美味しかったので、85点といったところだろう。

硫黄山は摩周湖に来たときには必ず立ち寄っている場所だ。
前に来たときは駐車場などなく、今回行ったときにはかなり大きな駐車場が整備されていた。
山の中腹からもくもくと噴煙がでて、かなりの傍まで行くことができるが
弱虫の我々は、駐車場脇のお土産屋で時間を費やしていた。
さて、
ここから摩周湖に向かう。
私は過去3回のうち いまだかつて、「霧の摩周湖」にはあったことがない。
反対にまったく見えなかったという人もかなりいるらしいので、
これも運がいいと言えるのだろうか?
素晴らしく晴れて、遠くに雪を被った知床の斜里岳が綺麗に見えていたほうが
僕には感動的だったりして。。。

山間の湖は4時になるとすっかり日も沈んで、あっという間に暗くなってしまう。
冷たい風にパンの耳をねだるハクチョウ達も人の気配が少なくなってゆくこの時間を
どう思うのであろうか?

湖畔の足湯葉確かに暖かいしかし、入ろうとする人は誰もいない。
とにかく、強風は体感を奪い、寒い。寒い。

さ、いよいよ旅も終わりだ。女満別空港はあと3便の発着で、
本日の営業を終わろうとしている。
そして最後に残った。東京行きこそが最後の最後なのだ。
夜のフライトは景色を見ることもなく、暇なものだ。
しかし、帰りの飛行機でも客室アテンダントの向かいの席を取ることができ
足元は楽チンそのもので、かみさんも客室アテンダントと沢山話すことができたと
喜んでいた。
おかげで、機内販売のバッグを買う羽目になった。

おそらくは銚子かな?と思われる地上の光が見えてきた。
頭の中で、見慣れた千葉県の銚子方面の地図を引き出して、
銚子の街の灯を眺めて、成田空港が見え初めてそれは確かに千葉県上空だと確信した。
九十九里は道路の明かりがそのまま、海岸線に通じていたし、
蓮沼や東金に続く道もはっきりと確認できて、
昼間とは違う楽しみ方があるんだなと楽しくなってきた。

子供が出来て大きくなってからは、初めての夫婦二人の旅。
確かに豪華ではなかったけれど、
すごく運よく天候に恵まれた印象深い旅になったようだ。

機会を作ってはまた夫婦一緒に行ける旅をしてゆきたいものだね。

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2005年11月8日
今回の旅がラッキーだったことが今日も起こった。
昨夜の豪華とは程遠い夕食は、他の乗客たちからも同様の苦情が出ていたようだった。
昨夜夕食の後、添乗員さんから
「明日の朝食はバイキングですけど、今夜と違うところにご用意しましたから
少し歩きますけど、そちらに行って下さい」ということだった。
大勢が入る食堂と違って、普通のホテルらしいレストランが朝食会場になっていた。
大きな窓のレストランで外はまだ雨が降っていたが、BGMには冬ソナの曲がかかり、
かみさんはそれなりに感激していたようだ。それは、きっと冬ソナの
スキー場でのシーンがダブっていたに違いないのだろう。・・・ふ〜っ!

料理自体は、ホテルのバイキングだからこれと言って、代わり映えはしないのだが、
どれをとっても、普通に美味しかった。
普通に美味しいことがホテルバイキングには絶対必要なのだよ。

出発の時間の外はかなり寒かった。
おそらくあと2度気温が低かったら雪だったろう。
しかしバスが出発して、何分も立たないうちに青空が広がり始め、
層雲峡を後にして つるつる温泉のあるオンネ湯に着いたときには、真っ青な空が
広がっていたのだ。
はげしい風と雨は昨夜のうちだけのものとなってしまった。

北見を通過し網走に向かったが、北海道らしい直線の道を走るのは気持ちがいいね。
バスの車内はガイドの話が心地よく、うとうとしているお客さんがかなりいたようだ。

網走の 「天都山」には流氷記念館なるものがあって、実際にその寒さを体験してきた。
ぬれたタオルを持たされて、室内に入ると氷点下20度の世界が体験できるのだ。
みんな一様にタオルをぐるぐる回して、硬くなったタオルに満足していたようだ。
しかし、見学はほんの一瞬で長くても2〜3分の見学の料金としては如何なものか?

この日は移動時間がかなり長く、北海道ドライブを満喫できてよかったと思う。
昼食のドライブインでは、ツアー会社の企みか?おんなじバス会社の車が終結し
添乗員からの連絡を受けて次々にやってくるツアー客のおなかを流れ作業のごとく
満たしてゆくのだ。
僕達は、カニ肉のいっぱい入ったかに飯を所望した。これは普通に美味しかった。
満たされたおなかは次に、お土産屋へといざなわれるのだ。目の前の海岸以外に
これといって見るものがないのだから、土産物を無理にも見る以外にはない
システムになっているのだ。

午後は原生花園を通って、いざ知床へ。
知床に着いたときには、まだ3時だというのに夕方の感が強かった。
ウトロの町の小さな川で、鮭の遡上を見学し、そのままネーチャーセンターに
直行した。
知床は・・・いや北海道は冬時間になっていって4時になるといろいろな施設は
どうやら閉館になってしまうようなのだ。
だから4時までの間に入館しなければならないのだ。
他のツアー客はネイチャーセンターのアストロビジョンを見ている。
私とかみさんは、センターの外に出て、エゾシカの泣き声を遠くに聞きながら
その近辺を一回りした。

本日の日程は、これで終わり、知床プリンスホテルが今日の宿となった。
さてさて、昨日と比べるとこのホテルはまさに花丸だったのだ。
お風呂も広く部屋も広く、料理もこれでもか、これでもか!というように豪華だった。
まさに昨日のお返しといったところで、添乗員氏としても面目躍如といったところだった。
後になって、だんだんと豪華になってゆくことは、印象として非常に良いものだ。
これが反対に良いものから悪くなっていたら、
ツアー自体の印象はまるで散々なものになってしまうだろうね。

不思議なことにその夜も夜半から、天候は雷まで鳴る始末の大嵐になってしまった。

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11月7日本日のお宿は層雲峡です。
旭川と北見の中間にあるのが層雲峡でここには3度くらい行ったことがあるけど
銀河の滝、流星の滝の前の道は駐車場になってしまっていた。
何でもその先にある柱状節理・・・ちゅうじょうせつり・・難しいでしょ?
要するに崖の側面が、割り箸を並べたような岩が連なっているのですが・・・
で、その岩が最近崩れてしまって、今まで国道だった道を封鎖して
新たにトンネルを作ってしまったので、トンネルの手前を駐車場に
してしまったのです。
年月がたつと、いろいろ地形も変わってしまうんだね。
で、バスが銀河の滝、流星の滝につく頃は、かなり冷たい風が吹きぬけ
山間の渓谷の日没がこんなにも早いことを実感した。

ここでもバスガイドさんの 「銀河流星の滝」の言い方がなんとも・・・
時代劇を感じさせるイントネーションが気になってしょうがなかった。

はてさて、バスは本日の宿へと僕達を送り届けた。
きれいなホテルでちょっと安心した。
何しろツアー代金¥29800だからそれほど期待はしていなかったけれど
部屋もきれいで、お湯もよく いい気持ちでいられた。
で、その日の夕食は・・・・この値段だからしょうがないかな?という
はっきり言ってもう一品あれば何とかなるものを・・・というものだった。
同行のお客様から、口々に同じような言葉が聞かれたことも、おかしいものだった。
お酒を頼んだ人からは、おかずが少なくて、最後のご飯をふりかけで食べるなんて・・・
「いやぁ〜珍しい旅もあるもんだなぁ〜」と安いツア〜だからと、あきらめに似た
言葉が口について出ていた。
ホテルの売店で小さなワインとおつまみを買って、
かみさんとおとなしくテレビを眺めていたが、さすがに眠くなってもう一度
温泉に浸かることもなくうとうとしてだらだらしてしまった。
夜になるとものすごい風が吹き始め、大嵐になっていた。
ホテルの部屋は暖房が効きすぎていて、暖房を切っても乾燥してくる。
しかし窓をほんの少し開けただけで、あっという間に
程よい気温と湿度になってくれるほど、雨と風が強かったのである。

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小雨、気温6度Cの肌寒い旭川空港についた。
東京でのアナウンスは横殴りの強風が吹いて 
引き返すことも予想されていたが、無事に到着したのはラッキ〜だったかな。

ツアー用のバスに乗りこんで、一番初めに向かった場所は美瑛の「北西の丘」だった。
この場所は夏になると一面にラベンダーの絨毯が広げられる美しいところのようだ。
今回は雨とともに寒い風が強く吹き抜けている。
ピラミッド型の展望台があるのだが、誰一人風景を楽しんでいる人はいなかった。
現に家に帰って振り返っても殆ど印象に残っていないのだ。
あと何年かすれば、行ったことさえ忘れてしまっているかもしれないなと思った。

北海道出身のバスガイドさんは、よく勉強しているように思えた。
とても詳しい説明は時に 「喋りすぎじゃないの?」という感じもあったが、
総合点では90点くらいを挙げてもいいんじゃないかな。。。。

「北西の丘」・・ほくせいのおか・・北西農家 家に帰るまで
僕は北西農家だと聞いたとおりに認識していた。
パソコンを開いてそれが 北西の丘 と改めて解った。。。

バスは48人乗りで 添乗員を含めて48人の乗客が今回の旅人である。
さすがに窮屈な思いは否めない。
小雨の天気は車内をたちまち窓をくもらせた。
ティッシュペーパーで窓の曇りを拭いても、またすぐに曇ってしまい
窓からの風景はあまり期待できなくなってしまった。

旭山動物園に到着したときには青い空が見え初めていたが、まだ小雨が降っていた。
ほかの乗客の後について入り口に向かい、
バスから降りて5分もたたないうちに雨は完全に上がってきた。
僕達は動物を眺める前に早い昼食から摂ることにした。
ガイドの話の中に食事の時間をずらさないと大変だという話がされていたからだ。
最近のニュースで、カレースープなるものが
札幌では大流行だと聞いていたのも手伝い、また朝早い出発だったこともあって
迷わずそれを選んだのだ。
プレハブの建物は強力なストーブが客のいない部屋を十分すぎるほど
強烈に暖めていた。

動物園はなだらかな斜面の中に配置されている。
特徴ある見せ方で この夏は百数十万人もの観光客を集めたそうだ。
その一つアザラシ館は本当によく考えられた水槽だ。
深い水槽の上の部分と下の部分の1,5メートルほどの円柱でつながっている。
円柱の中をアザラシたちは、上に行ったりしたに行ったりしている。
僕達は今まで見たことのないアザラシの泳ぎ方を見ることができるのだ。
日本全国の動物園関係者が見学に来るほどだそうだ。

白熊館やオランウータン館なども興味ある見せ方をしていて
もし見学者が少なかったら、僕も長い時間をかけて眺めていたに違いない。
それほど動物達の動きは面白いのだ。
日本最北の動物園は、華美にならず質実剛健に運営されていると思った。
バスの集合時間を30分も残して、僕達の見学は終了した。

雨は完全に上がっていた。やはりラッキーだよ。

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穴川インターから高速に乗った車は 途中何の渋滞もなく
あっという間に京浜島の予約してある駐車場に到着した。
これから3日間の料金 \3400 を受付で支払って、駐車場会社の車で
羽田の出発便に送ってもらうのだ。
宣伝するわけではないけれど、早朝や夜遅い便には手頃で簡単便利なので
今後も利用することになるだろう。
6:45 JALカウンター前に集合のところ5:30くらいに到着したが
ぎりぎりになるような行動をするよりは、断然いいにきまってる。
いろいろなツアーの客と思われる人たちがカウンター前のロビーに集まっていた。

 搭乗案内があり、手荷物検査を受けた。
ポケットにあるものすべてをトレーの中に入れてゲートをくぐった。
ゲートの通過では異常もなく、手荷物を受け取るはずだったが、
「かばん、もう一度通してもいいですか?」異物が発見されたようだった。
さらにかばんが出てきたときに、
「旅行用の爪きりとか入っていますか?」
「はい、入ってます。」
「出してもらってもいいですか?」
僕はかばんのチャックを開けて、トラベル用品の入ったポーチを取り出した。
「もう一度通していいですか?」
「はい、どうぞ」
さらに出てきたときに
「カッターナイフが入っているようですけど?」
「あれ?そんなものが入っているのかな・・・」
「機内でお預かりしてもいいですか?到着後お返ししますので、このカードに記入してください」
なんとも面倒くさい手続きが必要なものだと思った。。。
そのカッターはダイソーで買ったものだから
「捨ててもらえば?」と横から かみさんが口を出した。
僕も、そうだなと思って廃棄の箱に自ら入れた。
ちょっとばかり儚い気持ちになった。やっぱり貧乏性なんだな。。
で、ここまでがついてない話だったが、
これを機に ついてる 話へと転換して行ったのである。

出発ロビーに移動していく時の長いエスカレーターで
飛行機が停まっているその向こうに朝日を浴びた富士山がドラマチックに見えてきた。
「わーっ!富士山が見える」
エスカレータの前後の客からもそんな声が漏れていた。
出掛け前までの悪天候が急激に回復し、関東より西から見事に晴れてきていたのだ。
先ほどまでの運の悪さが、少しだけ晴れたような気がしてきた。

「北海道旭川方面にご出発のお客様にご案内いたします。」
ロビーに案内のアナウンスが流れてきた。
「旭川空港は悪天候のために飛行機は羽田空港に
引き返すことが予想されます。あらかじめご承知おきください」
それが証拠に丘珠空港や釧路空港も閉鎖されていた。
「やっぱりついていないのかな。」と私
「それに揺れたら怖いしね」とかみさん。
晴れてよく見える富士山を見ながら搭乗の時間を待っていた。

搭乗口からビジネスシートの案内があった¥1000の差額で広い座席に座れるので
アナウンスがまだ終わらないうちにそれを申し込んだ。
その席は機体の一番前で幅も広くかなりゆったりとした旅が味わえるのだ。
かみさんは気がついていないようだが、二人の子供達に宛てて、
遺書めいたコメントを携帯のメールで送っていたのだが、今考えればなんとも可笑しいね。
予定の時間どおりに飛行機はテイクオフをしたが、機内アナウンスでは
悪天候のために引き返すというコメントはなかった。
天気は関東地方から東北地方とかなり広い範囲で急速に回復していたようだ。
おかげでたいした揺れもなく雲の上の青い空を快適に巡航してくれた。

襟裳岬がはっきりと見て取れる。
緩やかに弧を描いている海岸線に北海道に着いたのかな?と想像できた。
飛行機は徐々に高度を下げ始めて、天候の回復しない 分厚い雲の中に
突入していったが、思ったよりも揺れは少ないように思えた。
地上近くになって飛行機は雲の下に出た。
オレンジ色の松葉樹が曇り空に負けないほどに鮮やかに秋の北海道の大地を
飾っている。
去る9月15日にも来たばかりの旭川空港に再び舞い降りた。

引き返すかもしれないフライトだったが、
途中も晴れ渡る雲の上の空を快適に飛行し
無事に降りることは何といってもラッキーといえるのかも。。。

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