風の旅路

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自分史的作文「若葉の頃」

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小学校5年生の頃のちょっとしたエピソードです。
この頃の自分を定着させる思い出話です。
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 <がんばれ!ピーちゃん、がんばれ男の子!>

 女子の全員が残されて、怪しげな女だけの会合があってから二週間くらい経った月曜日の一時間目。
みんなは校庭での朝礼を終えて教室に戻り、先生が来るまでの間、思い思いのことをしたり、隣同志ザ
ワザワと話をしていた。
ぼくは先生が来るほんの少し前に放送室から教室に戻ってきた。

 教室の前の扉が、ガラガラっと開くと同時にそれまでガヤガヤとしていた教室のざわめきが一瞬のう
ちに静かになって渡辺先生が入ってきた。
「きりーっつ」「おはよーございます。」「着席ーっ」日直の号令に合わせて朝の挨拶をすると、いきなり
「渡辺君立ちなさい!」
先生はピーちゃん一人を立ち上がらせた。
先生の顔は明らかに怒りに満ちた表情に変わっていた。
ぼくは『ピーちゃん、何かやったな』と、瞬時にそう思ったが、放送委員のため皆と別行動をしている
こともあって、どんな悪戯をしたのかまったく見当がつかない。
 「他の男子も知っているとは思いますが、最近渡辺君は女子に変なことを言って、嫌がらせをしてい
ると言うことが先生の耳に入りました。どんなことを言ったのかこの場で同じことを言ってください」
「‥‥‥」ピーちゃんは黙っていた。
ぼくは突然の事柄に先生が何について怒っているのかさっぱり分からなかった。
おそらく本人のピーちゃんにも理解出来ていなかったとも思える。
「言えないのですか?‥‥」暫らく沈黙が続いた。
「さぁ言ってご覧なさい」先生はだんだんと強い口調になってきた。
ピーちゃんはまだ分かっていないようだ。
「女子に向かって、バット・ミット・ボールと言ってからかっているそうですね。
‥‥なんですか?バット・ミット・ボールって」
「バット・ミット・ボールの意味をみんなの前で言ってご覧なさい」
ぼくはやっと理解できた。
ピーちゃんも意味が分かったようだ。しかしまだ、黙っていた。
「なんですか?バット・ミット・ボールって」先生は怒っている。
ピーちゃんには悪いと思ったが、ぼくはピーちゃんがなんと言って説明をするか興味があった。勉強は
それほど出来る子ではなかったが、こういう時、普段から大人びているピーちゃんは当たり前の受け答
えをするとは思ってもいないからだ。
はっきりいうと、バットはオチンチンのこと、ミットはお尻のこと、ボールは勿論睾丸のことである。
これは以前ピーちゃんから直に聞いたことがあった。
ピーちゃんが口を開いた。                  
「バットとはー、ミットの前にあるものでーぇ、ボールはバットの下にあるものでーぇ、ミットはみん
なが持っているものです。」‥‥なるほど。
明快な答えを出したピーちゃんに『いいぞ、ピーちゃん!』ぼくは思わず心の中で声援を送っていた。
一瞬先生が困った顔になったような気がした。
女子をからかったかどうかはぼくは知らない。
しかし、そんなつまらないことを言って、女子をいじめるような奴ではないことを男子全員は知ってい
る。 
「すわりなさい‥‥、いいですか他の人も聞きなさい。
あなたたちは最上級生になりました。
人を不快にさせるようなつまらない冗談や程度の低い話は、もうやめにしましょう。
本人はそのようなつもりでなく言ったことも、聞く人によっては、大変に傷つくこともあるのです」             

 女子の誰かは知らないが、その真面目な正義感からバット・ミット・ボールのことを、先生に告げ口
したのだろうが、ピーちゃんにしてみればなんでこんなに怒られたのか、自分が女子に何と言って嫌が
らせをしたのか、逆に聞きたかったに違いない。
  
 ・・・放課後の校庭で、今朝のことが話題になった。
「先生って、えこひいきだよな。」誰かが言った。みんなもそう思った。
その時はぼくもそう思っていた。とにかく怒られるのはいつも男子ばかりだ。
いや正確には女子も怒られているが、男子の比ではない。
男子に厳しい渡辺先生の態度は、                    
『男はいつも怒られて強くなるもの』という思いの一貫教育だったのかもしれない。
しかしこれとても、思春期に向かうぼく達に、男子、女子の違いを…いや、大人になるための男の自覚、
女の自覚を教えてくれていたに違いないと思う。        
 このころの年代、つまり四年生くらいまでは男とか、女とかの意識はまだまだ薄かったように思う。

 七月も〈もうすぐ夏休み〉という時期、先生の言い付けで忘れ物を取りに教室に戻ったときに、次の
時間が体育でそれもプールの水泳ということをすっかり忘れてしまい、教室のドアを勢いよくガラッと
開けてしまったことがあった。
するとそこには、水着に着替えている女子たちがいて、一斉に突然開け放たれたドアのぼくの方に目を
向けてきた。
「きゃぁーエッチー、締めなさいよねー」‥‥。
ぼくも一瞬動きが止まった。
篠宮真理子の何も付けない、やけに白い体が強烈に目に飛び込んできた。  
「なによー早く閉めてよー」
「あぁーゴメン、ゴメン、先生に笛持ってくるように言われたんだよー」
しどろもどろの言い訳も、女子から後で何を言われるか分からないことを、恐れている意識の方が、す
でに自分を征服してしまった。
しかしその後、一人二人から「あーぁ、見られちゃった」と、悪意の無い言い方で言われはしたものの、
それほどの非難を浴びることが無かったので、ほっと胸を撫で下ろしたのを覚えている。
それどころか一番近くで見られてしまった、篠崎真理子は「和也君なら見られても平気よ」など、全く
理解の外にあることを言ったりしていた。
勿論、こちらもワザと見たわけではないということを、分かってもらえたからだと思っているが、つま
りこのころは、彼女たちもそれほど男女についての意識が無かったのだと思うのである。
内緒の話ではあるが、その時の篠崎真理子のすっぽんぽんの裸の中のワレメ部分がかなりはっきりと、
四年生の少年の脳裏に焼き付いてしまった。

 そして五年生にもなると、特に女子の話し方や態度が実にしっかりとしてきて、大人になって行く段
階が外目にも顕著に見え始めてくる。
反面男子はなかなか大人には成り切れず、男子と女子の差はますます開いてゆく年代に突入し始めるの
だ。
男子のやることなすことが、彼女たちにはひどく幼稚に見えているのだろう。 
例えば放課後の掃除の時など、
「真面目にやんなさいよ。先生に言いつけるわよ!」
「言えばいいだろー」
遊び半分の男子の態度に女子はすぐに意見を始め、男子はあくまでも真面目な態度で行動する女子に、
ついて行けないことを悟って、なおさら素直に出来ない行動をとってしまうのだった。                 
しかし、これには男子一流の照れがあることを女子は見抜いてはいないのだ。
そしてこの頃から大人になった今でも、その本質はなんら変わらないでいるのである。




 〈渡辺先生と正雄君〉

僕たち五年二組の担任は渡辺先生といって、横方向にかなり立派な体格をしている大変に正義感の強
い先生である。
年令は三十才の前半で、家にはすでに三人の子供がいる立派なお母さんでもあり、夏休みに入る少し前
から出産のために学校を休んでいた。
その間は産休専門の先生が来てぼく達の授業を見てくれているのだが、渡辺先生が学校に出てきたの
は、二学期も始まって一ヵ月経った十月からである。
出産前と出産後の先生の体型は、ぼくには見分けることが出来なかった。
台湾で生まれ、戦前、戦後の幼少時代をその台湾で過ごした。
その後、戦争が終わって暫らくしてから山梨に移り住み、
『子供の頃は、しょっちゅう富士山に登った』と言う話を何回か聞いたことがある。
台湾には戦中から戦後を通して暮らし、近所に住む台湾の人々の様子や、その人たちが持っている日
本人のイメージ、特に普段の時はやさしい人達なのだが、日の丸の旗を自宅の玄関に飾った時の態度の
違いや、終戦になってからの関係について、興味深く話を聞いた記憶がある。           
 そして一番印象に残っている渡辺先生の思い出といえば、ぼくと同年の従兄の正雄とのことだろう。
正雄はぼくと同じ年である。小学校3年のときに板橋のほうから引っ越してきたのだ。
ぼくの親父には六人の兄弟がいるがそのすぐ上の姉の子供で、小学校三年の時に我が家の近所に引っ越
してきた。

学校も運がいいのか悪いのか、同じクラスに転校してきたので、よく遊んだりしたのだが、四年生の
三学期に腎臓ネフローゼという厄介な病気にかかって、錦糸町にある墨東病院の小児科に入院してしま
った。
そして入院したまま、ぼく達と一緒に正雄君は五年生に進級することになったのである。 
ぼく達の進級に併せ、渡辺先生は豊島区内のよその学校から新しく転任してきて、すぐにぼく達二組の
担任になった。
他の子供同様、正雄君のことを非常に気に掛けていたようで、それまで一度も会ったことのない正雄
君を見舞うため、病院まで尋ねたり手紙を書いたりしていたようだ。
                
 「今日から皆で千羽鶴を作ります。ちょうど千羽になったら井上君に早く良くなるように持って行こ
うと思います。
折紙はここに置きますから休み時間などに少しずつ、作ってください。」と黒板の左横にある本棚の上
に普通の大きさの四分の一の色紙を置いた。
三十七人の生徒数からすれば、千羽を折るのはたやすい事だった。四日もあれば千羽の鶴は出来てしま
う。

予想より早く出来上がってしまったので、急遽、五束の千羽鶴を作ることに変更された。
しかしこれも、アっという間に出来上がり、
「皆の気持ちがこもった折り鶴が五千羽も出来上がりました。明日の放課後、井上君の病院にお見舞い
に行こうと思います。
先生と高橋君と学級委員の人が代表で行ってきますので、行かない人は励ましの手紙を書いてあげたら
いいと思います。」と、渡辺先生が云うとあちらこちらの席から『自分も行きたい』という声が多く聞
かれるようになってきた。
「あまり大勢で行っても他の患者さんに迷惑だし、‥‥」と一応言聞かせては見たものの、結局は十五
人もの子供たちが一緒に行くことになってしまったのである。

翌日六時間目の授業が終わり、あと片付けや掃除を済ませると四時近くになってしまった、子供たち
が学校を出発したのは、吹く風もだいぶ冷たくなり太陽も黄色を増してきた頃になってしまった。
 個人個人で池袋から錦糸町までの切符を買って山手線に乗り込み、墨東病院に着いたのは、すでに辺
りも暗くなった五時頃だったと思う。
「くれぐれも病院内では静かに行動すること。いいですね」
念を押され、十五人の子供たちは病院特有の消毒の匂いの中を静々と四階の正雄君の病室に歩いていっ
た。
 病室には他の病気で入院している子供が三〜四人、病院の早い夕食を食べているところだった。
正雄君はぼくたちがお見舞いに行くことを知らされていたので、看護婦さんに頼んで夕食の時間を延ば
してもらったと言っていた。
ぼくは一ヵ月に一度くらいはお見舞いに行っている。
どんなものを食べているとかどんな治療をしているとかは、前々から知っていたので、今日は後の方で
皆の話すことを聞いているだけだった。

薬のせいで、顔はいつもの三倍位いに丸く膨れていたのが印象に残っている。
学級委員の広瀬育子が代表で皆のメッセージを正雄君に渡すと、何人かの女子が五千羽の鶴を差出して
ベットの脇に飾り付けている。
正雄君はニコニコしながら他の皆の質問に答えていた。     
「夏は暑かったでしょう。水は毎日コップ一杯かリンゴ一個だけしか貰えないんだよう。
今は涼しくなってきたから、まだいいけどねー」と、水も自由に飲めず、つらかった夏を過ごしてかな
りホッとしているようだった。
女子たちも、さも心配そうに「大変だったわねー」などと口々に言っているのが、ぼくには訳もなく可
笑しく笑しく感じられ、皆の後で一人ニヤニヤしていた。
男子は照れの中にも見舞う言葉を探しだしてそれなりに挨拶をしていたし、女子はすでに大人の口調で
立派にお見舞いを言っている。
 
入院生活の長い友を見舞ったことで、錦糸町駅へ向かう道、誰もが暖かい気持ちになっていたと思う。
それぞれが「早く良くなるといいねー」と話しながらの帰り道、少しずつ言葉も少なくなっていくよう
だった。
 
「お腹が空いたなー」と男子の誰かが言った。決して大意があった訳でもないのだが、
「おそばでも食べて帰ろうか?」の渡辺先生の言葉に、もちろん持ち合わせのお金など無いくせに男子
全員はすぐに賛同し、女子はそれでも一応は遠慮していた。
道々、中華屋さんの前を通ったのでそのまま店に入ることになって、十五人は揃ってもやしそばをたべ
ることになった。
勘定は先生のポケットマネーから支払われ、皆はご馳走にあずかった。
おそばは確か百二十円だったと記憶するが金額が問題なのではなく、当たり前のような顔をして食べて
いる奴もいたけれど、『先生という職業も大変なものだなー』と、ぼく自身は子供心に感じていた。
 帰りの電車の中で、「おそばを食べたことは他の人には言わないように」と言われたにもかかわらず、
翌日の教室では「あーぁ俺も行けば良かった」と、誰もが知るところとなってしまった。

〈あこがれの放送委員〉

 放送室は校舎のほぼ真ん中にあって、校庭を見渡せられるように二階の中央にあり、大きな窓にガラ
スがはまっている。
放送委員は五年と六年がやることになっていて、朝礼の時など、放送室の中から、ラジオ体操のレコー
ドをかけたりするのが仕事なのだが、子供たちにはかなり格好良く見えるらしいので、なり手が多く、
高い競率を得ていた。   
 
まず朝登校すると放送卓の電源を入れ、時間を報せるチャイムのタイマーを確認する。
そして、朝の音楽や連絡事項の放送をする。
一時間目の授業の直前まで、朝の放送を流すために放送室にいなければならなかった。
 次に四時間目の授業が終わるとただちに放送室まで飛んでいって、お昼の放送の準備にかかった。
メニューが違うわけではないが、委員用の給食が用意され放送室で音楽を流している間に食べることに
なっていた。
 そして六時間目が終わり下校時間の四時になると、校内に残っている子供たちに帰宅を勧めるアナウ
ンスをする。と、
こういったことが一日の主な仕事になっている。
 
 クラスの皆と別行動をすることになってしまうが、なにか特別に学校の役に立っているという思いか
らぼく達,放送委員は全員、言葉には出さなかったけれど偉くなったような気がしてとてもやりがいの
ある仕事に思えた。

 放送委員になって放送室の器材の使い方にもだいぶ慣れた頃、思わぬことから新しい発見をしたのだ。
それはレコードをかけずにレコードのボリュームを最大に上げると、校庭に用意したマイクの音声が放
送室のレコードの針を振動させて、外の声がよく聞こえるようになるということで、この裏ワザはぼく
の当番の時に結構、活用していたのだが、これが大失敗につながろうとは思いもよらなかった。  

 毎週月曜日の朝には全校生徒を集めての朝礼があるのだが、ラジオ体操が終わり校長先生の話になり、
この裏ワザを使って外の話を聞いているうちに異変が起こったのである。
 放送室では校庭の校長先生の話が、例によってとてもよく聞こえていたのだが、突然、朝礼で並んで
いる生徒や先生方が一斉に放送室の方を振り返って見始めたのである。
ぼくたちもそれに気が付いたが、なんでこちらを見ているのかは分からなかった。
「みんながこっちを見ているわよ」と当番長である六年生の浅田さんがぼくに言った。
顧問の田島先生も心配そうな顔で、振返りながらこちらを見て手振りをする。
「なんか言ってるんじゃないの?」とさらに浅田さんが続けた。
外の様子がこちらでは分からないので「どうしたんだろうねー」と呑気なことを言っていたら、顧問の
田島先生が息急き切って部屋に飛び込んできて、  
「何かあったの?」とぼく達に言うやいなや、放送卓のあちらこちらを点検し始めた。
「どうしたんですか?」と尋ねると、              
「校庭のスピーカーから君達の声や大きな雑音が聞こえてるんだよ‥‥」  
 その時ぼくはすぐにレコードのボリュームのことが頭に浮かび、田島先生に手を貸すような素振りで
色々なスイッチを動かしながら、レコードボリュームを素早く下げて知らん顔をしていた。
自分で言うのも何だが、それはかなり落ち着いた行動だった。
「おかしいなー?何でもないのになー」田島先生はまだ機械を見ていた。
他の先生も「田島先生!直りましたよ」と告げながら放送室に入ってきた。
「どうしたんですか?原因は‥‥」
「さぁ?よく判らないんですよ」
「でも直りましたよ」
「暫らく様子を見てみましょう。」
 この後、朝礼のあいだ何事も起こらなかった。
しかしぼくたちは先生が居なくなってから、「きっとあれだね」とお互いに頷いて、暫らく黙っている
ことにしようと決めた。
このことは後にも先にも浅田さんとぼくだけの秘密の出来事になってしまったのである。

 話をもとに戻すが、
ぼくたちの野球もそこから先には進まずに、自然解散となり、結局「バット・ミット・ボール」で皆が
笑っていた理由も、分からずじまいになった。   
 放送室にはすでに田島先生とコンビの六年生の浅田さんが来ていた。
「こんにちは」先生と先輩に挨拶をすると、腕まくりをした先生がマイクの準備をしながら、ぼくの方
を振返り
「なぁーんだもう帰ったのかと思った。少し遅いよ。」と怒られてしまった。           
 田島先生は四年生を受け持つ、子供達に人気のある理科の男の先生である。
「すいませーん。でも野球やってたの見えたでしょう?」
ぼくは野球をやりながら放送室を気に掛けていたのでそう言うと、
「そう、見えてたよ。アハハ」とからかわれた。
「先生!、バット・ミット・ボールって知ってますか?皆が笑うんですよね」
「野球の道具の‥‥?」                    
「そう。野球の道具のバット、ミット、ボール‥‥」
「そんだけじゃわかん無いなー」
「何がおかしいんですかねー」
「今度分かったら先生にも聞かせてほしいな」
そんな会話の中で午後四時を報せるチャイムが鳴りだした。
「それじゃー高橋くんレコードかけてください。」
ドボルザークの新世界が、この時の放課後最後の放送の曲だと記憶している。
他にもう一曲あったが忘れてしまった。
 レコードに針を乗せて曲がスタートすると、下校の音楽(♪遠き山に日は落ちてー♪という例のやつ
が鳴り始め、六年生の浅田さんのアナウンスが校内に響きわたった。
「四時になりました。教室に残っている人は窓の戸締まりをして下さい。用のない人は早く下校しまし
ょう。」      
この音楽がかかりだすと、本当に
『もうすぐ日が落ちるぞー、日本が暗くなるんだから早く家に帰れよー、さぁー急げよー急ぐんだー』
と言わんばかりに、そしてぼくたちの方も『さぁ、早く返らなくちゃ』という気持ちが起こり、何とな
く気忙(きぜわ)しく、さらにだんだんと校庭に残る子供たちも少なくなって物寂しくなったりもする
から不思議なものである。     
 放送室の大きな窓から見る校庭も太陽が傾き始めて、ぼくを待っている数人の仲間たちの影が幾分伸
びたような気がした。               
 その帰り道、『バット・ミット・ボール』の意味をピーちゃんから聞かされたのだが、正直なところ
それほど面白くはなかった。
愛想笑いはしたものの、その手の冗談は、やはりその場に居てこそ面白いもので、タイミングがずれる
とおかしくもなんとも、ないものなのだ。

 そしてこの日の女子たちの残されたことは、もうすっかり忘れられていた。

旅の途中に/2

         〈 若葉の頃 〉
 昭和三十七年小学校五年の秋


〈バット・ミット・ボールの謎〉

 秋の風が心地よさを増してきた日。
「今日の掃除は女子が全員で、手分けをして行ないます。」        
五時間目の算数の授業が終わるとすぐに、担任の渡辺先生が皆にこう伝えた。
その言葉がまだ云い終わらないうちに、殆どの女子から
「えーっ、どぉーしてー?」「やぁだー」と今まで静かだった教室が一瞬にして騒然となり、
新築の鉄筋三階の廊下には五年二組の教室から子供たちの騒いでいる声が響きわたってきた。
 男子は男子で、これはもう大喜びで
「おぉーっやりー、(やったーの意味)」とか
「へへっもうけ、もうけ」などと云いながらも、その後に続く自分たちに関わる先生の話を
ビクビクと気にしながらも、周囲の席のだれかれ構わずに、わぃわぃガヤガヤと始まってしまった。

 ぼく達の担任の渡辺先生は、躾に厳しい女の先生である。
正義感が強くどっしりしたその重戦車のような体格から、まるで男の先生のような頼りがいのある
先生だ。    
 子供たちの騒ぎを静止するかのように、ひときわ大きな声で、
「はーいはーい、静かにー‥‥」さらに「男子は六時間目が終わったらー、いつまでも教室にいないで
下校することー、いいですね。」
男子は『こんなラッキーなことがあってもいいのか』と誰しもが思い、
女子は『どぉーして今日に限って私たちが掃除をやらなければいけないのよ』と自分たちの運の悪さを
嘆いていた。

 後から背中を突かれて振り向くと「女だけの作戦があんのかもな」と、体を乗り出してピーちゃんが
小さな声で耳打ちしてきた。
ピーちゃんは家が近所で、本名は渡辺君という。
ぼくのうちはトコヤ、ピーちゃんの家はパーマ屋をやっている。
もっともうちのトコヤは去年からだけど‥‥。母親同士が昔から友達であることから、赤ん坊の時から
一緒に遊んだりしていた。
学業よりも運動、というタイプで、足が速く運動会ではいつもリレーの選手になり、ボール投げなど
左利きが格好良く見える子供だった。
ピーちゃんの家の周りには大きな子が大勢いるため、動作や言葉使いなどは、ぼくから見るとかなり
大人びている。

 『どうして女子だけが残されるのか?』そんな話題で五時間目から
六時間目への十分間の休み時間は、あっという間に過ぎてしまった。

一日のうちで、この五〜六時間目の集中力の無さといったら天下一品で、給食や昼休みを過ごした後の、
午後の気怠い(けだるい)時間の中での授業は、まるで身に入るものではなかった。
皆もそれぞれにあれやこれやと、授業とは関係の無い様々なことを、ボケーッとした頭で考え、時間を費やしているのだ。
ぼく自身にしても、先生の話す声など遠くかすかに聞きながら、三階の教室の窓から秋の空の下、
近所の家々の屋根や鬼子母神の大きな銀杏の木の、風に揺れる緑を、見るとはなしに眺めていた。
 
『この間は、男子が掃除をさぼりすぎるといって、男子だけが残されたし、
その前だって、数人の男子のいたずらを皆の責任として怒られて残されたし、
…だけど、女子はいつも真面目に良い子ぶって、先生と仲良くやっているのに
残されるのは、なんでだろう?』
こんな思いが、結論の出ないまま頭の中をグルグルと回っているうちに、
六時間目の授業が終わった。勿論、授業内容など殆ど覚えていなかった。
 残される女子に向かって、クラスのあちらこちらから男子の冷やかしの言葉が飛びかっている。
「さぁ、しっかり掃除をして下さいよー…私は帰りますからね」   
「どんな怒られること、やったんですかねー」と男子が云うと、      
「いいから早く帰えんなさいよー、うるさいわねぇ」
「どいてよジャマ、邪魔ー、手伝わさしてあげようか……」と女子も負けてはいない。
 ドヤドヤと階段を下り、五年二組の十五人の男子全員が下駄箱までやってきた。
 四年生の頃からだんだんと女子と男子は対立し始め、五年生になるとこれはもう決定的になってくる。
対立といっても憎しみあうような対立ではないのだが、何かにつけて口を出し、お節介な女子に男子は
手を焼いて、やりこめられてしまう場面が多くなってくるのだ。
  
 「女子は何をやったんだろうなー」興味九割、同情一割の思いが交錯しつつ、
「何でもいいジャン。ほらジャンケン、ジャンケン」
ピーちゃんと青ちゃんだけ残して、いつものメンバーがジャンケンを始めた。

青ちゃんは本名青木君。家は友の湯という風呂屋の息子である。
青ちゃんは真面目な秀才タイプで、足はピーちゃんよりも少し速く、運動も勉強もよくできた坊ちゃん
刈りの良い子の見本のような子供だ。
学級委員は良くできる子、人気のある子がなるものと相場が決まっているのだけれど、いつも新しい学
年の学級委員は男子では青ちゃんが決まって選ばれていた。
そして、ちなみにぼくも毎年、二学期か三学期には学級委員に選ばれていた。
ぼくもかなり人気があると自分では思っている。          
 世はまさに、巨人、大鵬、卵焼き、と言っていた時代で、野球といえばぼくたち子供は全員読売巨人
軍のファンで、それも長島選手が好きなグループと、王選手が好きなグループとに分けることができた。
特にピーちゃんとは、二人で巨人の試合を後楽園球場まで見に行ったりしたこともある。
青ちゃんは長島選手が大好きだし、ピーちゃんは左利きということもあって、王選手が大好きだ。
ぼくはどちらかというと長島選手の方が好きなのだが、ジャンケンで青ちゃんのチームになると、黙っ
ていてもサードの守備は青ちゃんに決まっていて、ぼくはファーストを守ることになるし、ピーちゃん
のチームになったときは、ファーストはピーちゃん、サードはぼくという風に決まっていたようだ。

 もともとぼくは運動神経のあるほうではなかったのだけれど、四年生になってだんだんと野球をやる
ようになってから、同じクラスの菅沼くんと放課後遅くまで残って、かなり長い期間、投げたり捕った
りの猛練習をしたことがあるのだ。そう、大体二〜三ヵ月ぐらいの間…。
そのおかげで、ぼくと菅沼くんの守備はかなり格好の良いものとなり、ピーちゃんと青ちゃんについで、
野球が上手くなってしまっていたのだ。
さらにその猛練習を見ていた四年生の時の担任だった奥山先生という男の先生に
「ずいぶん上手くなったね、何でもやれば上手くなるんだよ」と誉められたことがとても嬉しく思い出
される。

 そして今日はピーちゃんと同じチームになり、ぼくがサードで菅沼くんはピッチャーをやっている。
もちろんファーストはピーちゃんである。
 ぼくたちの学校での野球は、ていきゅう(庭球?)といったゴムのボールを使って行なわれ、
ピッチャーは下から投げ、打者の前でワンバウンドさせ、打者は、ワンバウンドしたボールを握りこぶし又は、平手で打つというやり方で行なわれた。
この打ち方は、慣れてくると結構狙ったところに飛ばすことができるので、ヒットになる確立が高くなって、試合としては結構面白いものになるのである。
「いいぞータカちゃん(ぼくのこと)当ててけよー」
「バッター打てないよー」「オーオー三振王!」バッターボックスに立つと、本格的な野次やら声援や
ら、他にもまるで無関係な話などが、ベンチから飛び交ってくる。
時折りチャカしを入れて大きな声で皆で笑うこともある。

 ぼくが一塁に出ているときに、一際大きくベンチの方で笑いが起こった。
ピーちゃんだ。ピーちゃんが面白いことを言ったようなのだ。    
「男はバットもボールもミットもあるが、女にはミットしかないんだなー」
はじめ意味の分からなかった者達も、いくつかのヒントで理解すると大きな声で、
「バット・ミット・ボール。バット・ミット・ボーォル」と声を揃えて連呼を始めた。

 試合が始まって四回、五回と進んで行くと、ぼくたちのチームが圧倒的に点を取るようになってしま
った。
点差があまりにも開き過ぎの時には選手のトレードをすることがあるのだが、今日もそのためのジャン
ケンを始めようとしたときに、残されていた女子が校舎から出てきた。
 皆一様にニコニコしてぼくたちの前を通り過ぎようとしている。
「なにニコニコしてんだよう」
「さぁね」
「いいだろ、おしえたってー」
「関係ないもん‥‥帰ろ帰ろ」
「こいつらなんか貰ってたみたいなんだ」野球の途中でトイレに行った、赤ら顔の高瀬君がそう言った。
「なぁーんにも貰ってないね」
「嘘つくな、両手で手の中に隠してたじゃねえかよ、お腹の前でー」
「そーお?‥‥じゃぁさよーなら」と言って校門の方へ向かっていった。
なんかさっぱりしない会話だった。
しかし高瀬君の云うとおり、女子がなにか貰ったことは確かなようだ。
 「あっ時間だ!ちょっと行ってくる。一緒に帰るから待っててな」
放送委員のぼくは皆にこう言って、下校の放送の準備をするため放送室に向かった。

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