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<がんばれ!ピーちゃん、がんばれ男の子!> |
自分史的作文「若葉の頃」
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この頃の自分を定着させる思い出話です。
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〈渡辺先生と正雄君〉 |
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〈あこがれの放送委員〉 |
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旅の途中に/2 〈 若葉の頃 〉
昭和三十七年小学校五年の秋
〈バット・ミット・ボールの謎〉 秋の風が心地よさを増してきた日。 「今日の掃除は女子が全員で、手分けをして行ないます。」 五時間目の算数の授業が終わるとすぐに、担任の渡辺先生が皆にこう伝えた。 その言葉がまだ云い終わらないうちに、殆どの女子から 「えーっ、どぉーしてー?」「やぁだー」と今まで静かだった教室が一瞬にして騒然となり、 新築の鉄筋三階の廊下には五年二組の教室から子供たちの騒いでいる声が響きわたってきた。 男子は男子で、これはもう大喜びで 「おぉーっやりー、(やったーの意味)」とか 「へへっもうけ、もうけ」などと云いながらも、その後に続く自分たちに関わる先生の話を ビクビクと気にしながらも、周囲の席のだれかれ構わずに、わぃわぃガヤガヤと始まってしまった。 ぼく達の担任の渡辺先生は、躾に厳しい女の先生である。 正義感が強くどっしりしたその重戦車のような体格から、まるで男の先生のような頼りがいのある 先生だ。 子供たちの騒ぎを静止するかのように、ひときわ大きな声で、 「はーいはーい、静かにー‥‥」さらに「男子は六時間目が終わったらー、いつまでも教室にいないで 下校することー、いいですね。」 男子は『こんなラッキーなことがあってもいいのか』と誰しもが思い、 女子は『どぉーして今日に限って私たちが掃除をやらなければいけないのよ』と自分たちの運の悪さを 嘆いていた。 後から背中を突かれて振り向くと「女だけの作戦があんのかもな」と、体を乗り出してピーちゃんが 小さな声で耳打ちしてきた。 ピーちゃんは家が近所で、本名は渡辺君という。 ぼくのうちはトコヤ、ピーちゃんの家はパーマ屋をやっている。 もっともうちのトコヤは去年からだけど‥‥。母親同士が昔から友達であることから、赤ん坊の時から 一緒に遊んだりしていた。 学業よりも運動、というタイプで、足が速く運動会ではいつもリレーの選手になり、ボール投げなど 左利きが格好良く見える子供だった。 ピーちゃんの家の周りには大きな子が大勢いるため、動作や言葉使いなどは、ぼくから見るとかなり 大人びている。 『どうして女子だけが残されるのか?』そんな話題で五時間目から 六時間目への十分間の休み時間は、あっという間に過ぎてしまった。 一日のうちで、この五〜六時間目の集中力の無さといったら天下一品で、給食や昼休みを過ごした後の、 午後の気怠い(けだるい)時間の中での授業は、まるで身に入るものではなかった。 皆もそれぞれにあれやこれやと、授業とは関係の無い様々なことを、ボケーッとした頭で考え、時間を費やしているのだ。 ぼく自身にしても、先生の話す声など遠くかすかに聞きながら、三階の教室の窓から秋の空の下、 近所の家々の屋根や鬼子母神の大きな銀杏の木の、風に揺れる緑を、見るとはなしに眺めていた。
『この間は、男子が掃除をさぼりすぎるといって、男子だけが残されたし、
その前だって、数人の男子のいたずらを皆の責任として怒られて残されたし、…だけど、女子はいつも真面目に良い子ぶって、先生と仲良くやっているのに 残されるのは、なんでだろう?』 こんな思いが、結論の出ないまま頭の中をグルグルと回っているうちに、 六時間目の授業が終わった。勿論、授業内容など殆ど覚えていなかった。 残される女子に向かって、クラスのあちらこちらから男子の冷やかしの言葉が飛びかっている。 「さぁ、しっかり掃除をして下さいよー…私は帰りますからね」 「どんな怒られること、やったんですかねー」と男子が云うと、 「いいから早く帰えんなさいよー、うるさいわねぇ」 「どいてよジャマ、邪魔ー、手伝わさしてあげようか……」と女子も負けてはいない。 ドヤドヤと階段を下り、五年二組の十五人の男子全員が下駄箱までやってきた。 四年生の頃からだんだんと女子と男子は対立し始め、五年生になるとこれはもう決定的になってくる。 対立といっても憎しみあうような対立ではないのだが、何かにつけて口を出し、お節介な女子に男子は 手を焼いて、やりこめられてしまう場面が多くなってくるのだ。 「女子は何をやったんだろうなー」興味九割、同情一割の思いが交錯しつつ、 「何でもいいジャン。ほらジャンケン、ジャンケン」 ピーちゃんと青ちゃんだけ残して、いつものメンバーがジャンケンを始めた。 青ちゃんは本名青木君。家は友の湯という風呂屋の息子である。 青ちゃんは真面目な秀才タイプで、足はピーちゃんよりも少し速く、運動も勉強もよくできた坊ちゃん 刈りの良い子の見本のような子供だ。 学級委員は良くできる子、人気のある子がなるものと相場が決まっているのだけれど、いつも新しい学 年の学級委員は男子では青ちゃんが決まって選ばれていた。 そして、ちなみにぼくも毎年、二学期か三学期には学級委員に選ばれていた。 ぼくもかなり人気があると自分では思っている。 世はまさに、巨人、大鵬、卵焼き、と言っていた時代で、野球といえばぼくたち子供は全員読売巨人 軍のファンで、それも長島選手が好きなグループと、王選手が好きなグループとに分けることができた。 特にピーちゃんとは、二人で巨人の試合を後楽園球場まで見に行ったりしたこともある。 青ちゃんは長島選手が大好きだし、ピーちゃんは左利きということもあって、王選手が大好きだ。 ぼくはどちらかというと長島選手の方が好きなのだが、ジャンケンで青ちゃんのチームになると、黙っ ていてもサードの守備は青ちゃんに決まっていて、ぼくはファーストを守ることになるし、ピーちゃん のチームになったときは、ファーストはピーちゃん、サードはぼくという風に決まっていたようだ。 もともとぼくは運動神経のあるほうではなかったのだけれど、四年生になってだんだんと野球をやる ようになってから、同じクラスの菅沼くんと放課後遅くまで残って、かなり長い期間、投げたり捕った りの猛練習をしたことがあるのだ。そう、大体二〜三ヵ月ぐらいの間…。 そのおかげで、ぼくと菅沼くんの守備はかなり格好の良いものとなり、ピーちゃんと青ちゃんについで、 野球が上手くなってしまっていたのだ。 さらにその猛練習を見ていた四年生の時の担任だった奥山先生という男の先生に 「ずいぶん上手くなったね、何でもやれば上手くなるんだよ」と誉められたことがとても嬉しく思い出 される。 そして今日はピーちゃんと同じチームになり、ぼくがサードで菅沼くんはピッチャーをやっている。 もちろんファーストはピーちゃんである。 ぼくたちの学校での野球は、ていきゅう(庭球?)といったゴムのボールを使って行なわれ、 ピッチャーは下から投げ、打者の前でワンバウンドさせ、打者は、ワンバウンドしたボールを握りこぶし又は、平手で打つというやり方で行なわれた。 この打ち方は、慣れてくると結構狙ったところに飛ばすことができるので、ヒットになる確立が高くなって、試合としては結構面白いものになるのである。 「いいぞータカちゃん(ぼくのこと)当ててけよー」 「バッター打てないよー」「オーオー三振王!」バッターボックスに立つと、本格的な野次やら声援や ら、他にもまるで無関係な話などが、ベンチから飛び交ってくる。 時折りチャカしを入れて大きな声で皆で笑うこともある。 ぼくが一塁に出ているときに、一際大きくベンチの方で笑いが起こった。 ピーちゃんだ。ピーちゃんが面白いことを言ったようなのだ。 「男はバットもボールもミットもあるが、女にはミットしかないんだなー」 はじめ意味の分からなかった者達も、いくつかのヒントで理解すると大きな声で、 「バット・ミット・ボール。バット・ミット・ボーォル」と声を揃えて連呼を始めた。 試合が始まって四回、五回と進んで行くと、ぼくたちのチームが圧倒的に点を取るようになってしま
った。 点差があまりにも開き過ぎの時には選手のトレードをすることがあるのだが、今日もそのためのジャン ケンを始めようとしたときに、残されていた女子が校舎から出てきた。 皆一様にニコニコしてぼくたちの前を通り過ぎようとしている。 「なにニコニコしてんだよう」 「さぁね」 「いいだろ、おしえたってー」 「関係ないもん‥‥帰ろ帰ろ」 「こいつらなんか貰ってたみたいなんだ」野球の途中でトイレに行った、赤ら顔の高瀬君がそう言った。 「なぁーんにも貰ってないね」 「嘘つくな、両手で手の中に隠してたじゃねえかよ、お腹の前でー」 「そーお?‥‥じゃぁさよーなら」と言って校門の方へ向かっていった。 なんかさっぱりしない会話だった。 しかし高瀬君の云うとおり、女子がなにか貰ったことは確かなようだ。 「あっ時間だ!ちょっと行ってくる。一緒に帰るから待っててな」 放送委員のぼくは皆にこう言って、下校の放送の準備をするため放送室に向かった。 |
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