世相禅問答小屋

ある私的な意見を是認する人は、それを「世論」と呼び、それを好まない人は、それを「異端」と呼ぶ。 byホッブズ

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カルト的安倍政権

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ご存知の通り参院選において安倍政権は惨敗したわけだが張本人である安倍氏はのらり

くらりと反省すべき点は反省するなどとニヤつきながら答えるのみでまるで人事のよう

な態度である。

安倍首相をはじめ自民の人達は惨敗した理由を相次ぐ大臣の失言や政治とカネの問題による

ものだとしているがそれだけではないであろう。

その問題の本質は、首相が国民が何を求めているかということに耳を傾けそれを実現しようと

はせずに、ただ自分がやりたいことをやろうとしているだけということに国民も薄々と気付き

はじめたからではないだろうか。

彼の持つイデオロギーは分かりやすい、美しい国を作るなどと綺麗なことを言っている

がそれはアメリカ様の望む通り戦争の時にお金や給水活動だけでなく軍事的協力もでき

集団的自衛権も発動できるつまりは戦争のできる国作りであり、そしてまたそのような国の

ために進んで死んでくれる従順な国民作りのことである。

このようにはっきりとと言ってくれればまだ我々国民にも分かりやすいのだが、戦後レジーム

からの脱却だとか国際貢献だとか抜本的な教育改正だとかと抽象的で耳に聞こえ心地の良い言葉

を羅列してくるから分かりにくくなる、はっきり言って下さいよ安倍さん!。

1人の個人としては思想・信条の自由があるのだからそのような考えを持つのは自由だし、

100歩譲って首相という立場でもただ胸の内でそういうイデオロギーを持つのは自由だと

思うが、彼はその自分の信じるイデオロギーをを最高権力者として実現しようとしているのである。

あなたは思想家ですか?違うでしょ、この国は民主主義国家でしょ?しかも経済世界2位の、

そんなファッショ的なことが許されるんですか?岸信介の霊が憑依してるんじゃないでしょうね。

困るんですよ安部さん、今のこの21世紀の時代にそのような前時代的な独裁者みたいなことを

してもらっちゃあね。

20世紀は戦争の世紀であった、100年間に戦争で2億人もの人が亡くなった。

その中には20世紀4大悲劇も含まれる、4大悲劇とはナチスによるホロコースト、毛沢東による

文化大革命、ポルポトによる同胞の大殺戮、スターリンによる同胞の大虐殺である。

私は彼ら4人は殺人狂とは思わない、彼らは自分の信ずるイデオロギーを実現するためにその邪魔に

なる者達を抹殺した、それは彼らにとっては正真正銘正義であって決して悪いこととは思っていなかっ

たろう、だからこそ何のためらいもなくジェノサイドを敢行できたのであろうから。

この4人と安倍氏に共通するのは自分の正義を信じ、その正義を敢行しようとするという点であろう。

安部氏も内心では自分の意見に賛同しないものを敵と見なし、自分こそが正義、自分こそは絶対

と思っているのではないか、それももちろん問題だが今の安倍政権、回りはみんなYESマンで阿部

氏の発する言葉はありがたいかつて戦時中の天皇の言葉みたいなもので、だ〜れも疑いをもたずそうだ

そうだとうなずいているばかりではないのか。

こんな首相、こんな側近達がこの国を回しているのだからうそら寒くなる。

またタイトルにも付けているが今の安倍政権はカルト宗教のように思えてくるのである、

ある意味で純粋なのであろうがあまりに世間知らずで幼稚、永田町という狭い世界の中で悶々とあれや

これや考えて次々に大層なお題目を立てて実行しようとしていくわけであるが、まるでそれは国民の目線

に立っていないため浮世離れしていて国民が望む政治運営からは乖離していくという悪循環。

これは日本の現代史でいえば連合赤軍やオウム真理教などのカルト宗教が陥った、世間というものを自分

達の世界観・価値観とは違うという理由から敵とみなし此岸と彼岸に分け隔てたその感受性に今の安部

政権と共通点があるように思えるのである。

そもそも民主主義とは、かつてのヨーロッパを基に考えればホッブズやルソー等が言うように国家と国民

との契約つまりは合意があり、一般意思つまりは国民が望む最大公約数を実現せんとするのが国家・政府

がなすべきことのはずであるが、今の安倍政権はそんな長い長い時間をかけて世界が積み上げてきた現在

の民主主義に対し反旗を翻しているかのように見えるのである。

また現在の日本の状況が1930年代日本が中国に侵略をはじめた時の社会状況に非常に似ている

ように感じることがままある、その一つが教育改革である、当時であれば教育勅語に当てはまるの

だろうが、その中で注目されるのが愛国心を育てるという部分である、それを道徳の時間に教えたり

副読本の心のノートなどにも載せたりしているらしい。

もう一つはメディア規制、特に個人情報保護法などは個人の情報漏洩を防ぐ部分ばかり着目されるが

載せられる側が内容を規制できる実に政権与党にとって都合の良い法律だ。

そして与党にとって都合の良い法案がばんばん強行採決されたこの10ヶ月。

国民の方なぞ、地方の方なぞ、貧者の方なぞ、現場の方なぞ見向きもせず、やりたい放題自分達が望む

ことだけを実現しようとしてきた安倍政権に今回の参院選で神が天罰を下したように感じるのは私だけ

であろうか。

明るい未来を心から望みながら今回の記事はこのへんで。

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先週の金曜、日テレの『太田総理秘書田中 激論SP』を見ましたが中々白熱して面白かったです。

特に2番目の提案「アメリカとの同盟関係を一旦白紙にする」の所での太田総理vs石波元防衛庁長官の

激論が熱かったですね。

太田氏は中沢新一氏との共著『憲法9条を世界遺産に』を読んでも分かる通りはっきりした護憲派、その

点でばばりばり改憲派で右派の石波氏と意見が合うはずもなく・・・。

前・中盤のアメリカとの同盟関係をどうするか云々の議論の部分も大切だとは思うのですが興味深かった

のは後半の戦争についての議論の部分ですね。総理側は賛成8人で反対側は16名で石波氏や大学の先生

など手強い相手が16名、しかし総理はがんばっていましたね〜、決して負けてなかったですよ。

その中で総理がまず北朝鮮なり中国に攻められたら死んでもかまわないと言ってから石波氏に、戦争にな

ったら一緒に戦場の最前線に行こうよと言い寄ったのですが石波氏は困った顔でそんのはおかしいと言い

ます、それに対し総理はそんなのはずるいと畳み掛けるのですが、珍しく普段クレバーな石波氏がかなり

ムキになっていました。

ここに戦争の本質が隠れている気がします。

つまり戦争を遂行する為政者の側は安全な所にいて、兵士を取ったり取られたりの将棋の駒のように消耗

すると、つまり一人一人の命が何か戦力という数字的なものとしてしか見なされず、とっても軽く考えら

れているんじゃないかなと思うわけです。

作家の辺見庸氏はその著書の中で、アメリカの爆撃によってずたぼろにされて無残に殺された何の罪もな

いイラクの子供をブッシュは凝視すべきだと言っていましたが、正にその意識がブッシュにも戦争を遂行

する為政者全般にも欠落しがちになるものだと思います。

そしてその意識の欠落が、もしくは想像力の欠如がますます戦争を止められなくし、事態を悪い方へ悪い

方へと導いていくのでしょう。

戦後60年以上がたち、戦争を実体験された方々もどんどんいなくなり、その記憶が風化していく中で、

日本国憲法が特に9条が国民に受け入れられた時の、あんな悲惨極まりない何の得もない戦争なんて二度

とごめんだという意識は薄れてきてしまっているのでしょうか、少なくとも今の与党の人達の言動を聞く

限りではその意識は全く感じられませんね。

国民投票法案が衆議院で可決され着実に改憲の方向に向かっている今、戦争とは憎くもない人間同士が殺

し殺されの関係に入り、兵士でもない一般の国民もまきぞえ食って多く殺される本当にバカげた愚かな

行為なんだよというところをしっかり認識するところから戦争を憲法を考えていきたいと思っています。

『フラガール』を観て

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遅ればせながら『フラガール』をDVDで観ました。

何といいますか、とにかく素晴らしい映画だと思います、悔しいけど文句のつけようがない。

日本アカデミー賞で各賞を取りまくり、いいいいという評判は聞いてましたが、私ひねくれ者ですから

ちょっと大げさなんじゃないの?と半信半疑に思っておりました、しかしです、完全にやられました、

フラガール達に。

恥ずかしながら終わりまでに数回涙を止められませんでした。

福島県いわき市の炭鉱の町が舞台なのですが、どんどん炭鉱が衰退していく中でハワイアンセンターを

作り、そこで炭鉱の町の婦女子達を募りプロのダンサーとして踊ってもらい町を復活させようという

何ともユニークな事業を考えだすわけですが、そうそううまいこといくわけもなく・・・。

時代は昭和40年で東北地方ですから男達は自分達の仕事に誇りを持っており、自分達になりかわって

女たちが踊って稼ぐなんぞ面白くもなく、風当たりは相当にきついわけです。

しかし最初はやる気のなかった元有名ダンサーの松雪泰子演じる先生も、しだいに蒼井優演じる紀美子や

静ちゃん(南海キャンディーズ)演じる小百合などの熱意に押され次第に変わっていき、フラガール達

にも次第に連帯感ができてきて、町・家族・友人・そして自分の人生のため懸命に努力します。

そんな先生・フラガール達の姿に断固反対していた町の人々も次第に理解していくようになり・・・。

これはフラダンスを通して成長していく女の子のストーリーでもあるし、またアイドル的ダンサーから

落ち目になった元ダンサーの再生のストーリーでもあるし、家族の絆のストーリーでもあるし、奇跡の

復活を遂げた町のストーリーでもあるし、そして師弟愛のストーリーでもあるでしょう、それが見事な

までに融合し昇華され、奇跡のように素晴らしい一つの感動ストーリーを作り出しています。

またこれは実話なのだから驚きと感動は倍増です。

また蒼井優をはじめみんな本当見事なフラダンスの踊りっぷりですよ、ほんとアッパレです。

映画の中ではあるのですが、蒼井優・静ちゃん・松雪泰子がだんだんと輝いてくるというか、オーラを

まとい始めるのを感じました、自分達の使命感、そして自分の人生を自分の手で切り開いていくんだ

という前向きなパワーが親族・町民にどんどん感染していったのでしょう。

違う価値観の人同士でも分かり合うことはできる、一人一人の力は微小でもその力が結集した時、

とんでもないものを生み出すことができる、そんなことをこの映画は教えてくれている気がします。

観た後、感動と共に爽快感を与えてくれる一本でした。


ご参考 http://www.hula-girl.jp/top.html

監視の目

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まずは日経新聞からの記事を2つほど抜粋してご紹介。

『子供が犠牲になる事件が相次ぐ中、2004年度末で全国の幼稚園・小中学校の半数が防犯カメラなどの監視システムを設置していたことが21日、文部科学省の調査で分かった』
 ─06年6月22日日経新聞より─

『横浜市は今月下旬から、中華街やみなとみらい21地区などの路上に250台のビデオカメラを設置する。「繁華街安心カメラ」と名付け、市民や観光客が安心して買い物などができるようにする。犯罪防止に加え、火災や地震時の状況把握で役立てる。導入費用は4億3千万。市などによると、自治体が250台という規模で防犯カメラを取り付けるのは例がないという。』
 ─07年3月14日日経新聞より─

今や防犯カメラというのは珍しいものではありませんが、見かけるのはほとんどの場合お店や公共施設、

マンションなどに取り付けられているものでしょう。

しかし上記新聞記事からも分かる通り、学校や自治体が積極的に取り付けるようになってきている

ようです。横浜で4億もの予算をつけて防犯カメラ取り付けに踏み切るというのには横浜市民として

かなり驚きました。

防犯カメラ大国としてはやはりイギリスがあげられるでしょう、何しろ国内で400万台ものカメラが設

置されているのですからもう街中いたるところにカメラがあり、撮影されていない所の方が少ないくらい

なのではないでしょうか。

しかしこれだけ防犯カメラ網がありながらあのテロ事件が起きてしまうのですから防犯カメラも万能では

ないようです、ただその後犯人を検挙するのには一役かったようですが。

また東京都では新宿の歌舞伎町や渋谷・池袋の繁華街にも横浜ほどの数ではありませんが少し前に一斉に

取り付けられたようです。

取り付ける理由としては、イギリスの場合はテロ対策、日本の場合は犯罪防止がメインであり、どちらに

も共通して国民に喧伝されるのは安全・安心のためということでしょう。

多くの人達はこれでだいぶ安全になると歓迎しているようですが、そんな単純なものなのでしょうか?

プライバシーの問題もありますし、今後ますます防犯カメラが増え続けイギリスのようになっていくのは

いかがなものかと思います。

今や国内においては、さ〜いつ日本もテロに狙われるか分からない、北朝鮮も恐い、たちの悪い犯罪も増

えているというメディア情報によって増幅されたイメージが多くの人々に共有され社会に蔓延しているで

中では、多少プライバシーが侵害されても、これで安全になるならいいんじゃないのというのが大方の見

方なのでしょう。

しかし私はどうしても何か釈然としないものがありますし、不気味さを感じます。

静かではあるけれども、見えない力によってしだいに管理され自由を束縛されていくような。

例えば今のこの防犯カメラ網が拡大していく現状をジャーナリストの斉藤貴男氏は「安心のファシズム」

と言います。つまり防犯カメラがあれば安心でしょ?という理屈に基づき人々を管理していくイメージを

斉藤氏はそのように表現したのでしょうが彼が言わんとすることは分かります。

また「防犯カメラ」という言葉、横浜市で言えば「繁華街安心カメラ」という言葉に嘘臭さを感じます。

防犯のためなんだから、もしくは安心のためなんだからということを言いたいのでしょうが実際悪いこと

もしていないのに撮られる側の立場からすれば、監視カメラなわけです、どうにもこういう耳に聞こえ心

地のいい言葉には警戒感を持ってしまいます。

監視カメラからの連想ですが現在日本全国で地域パトロール隊のようなものが1000以上あるそうで

す、確かに「パトロール中」という札を貼った自転車や自家用車を最近よく見かけるようになりました、

これもどこか監視カメラを歓迎する心理と共通していて、凶悪犯罪から子供を守るためというようなこと

なんでしょうが何かこの日本人特有の生真面目さには違和感を覚えます。

このような監視カメラ・パトロール隊の増加・歓迎ムードというのは今の日本社会の感受性を体現してい

るようにも思います。

それは増長する他者への不信感や少しでも異常なものは許さない異物排除的空気であり、今や要塞のよう

な学校も増える中で、一昔前までは近所のおじいさんなどが近所の子供に気軽に声をかけてお菓子をあげ

たりなんて光景をよく見かけましたが、今やそんなことをしたら不審者扱いで即通報されかねません。

それ以前にそのような地域共同体は、特に都心部においてはほとんど崩壊してしまっているわけですが。

ここ数年加速度的に寒々しく殺伐とした社会になってきている要因の一つに、他者への不信を心理的背景

にしたこの監視カメラ網や、防犯パトロール隊の増加・蔓延があげられると思います。

またこの監視カメラ歓迎的な発想はどうにも今の国の方針とパラレルな関係にあるような気がします。

というもの今政府は世界で多発するテロ、北朝鮮の脅威などを理由として国民を守るためにという大義名

分の元、MD構想だとか自衛隊とアメリカ軍との軍事連携の強化に集団的自衛権の発動可能性云々、果て

は敵基地先制攻撃論とどうにも鼻息の荒い話が目白押しのようです、これも国が国民の生命・財産を守る

ためというわけですが、先の監視カメラの設置理由と同じでそこに嘘臭さを感じてしまうわけで、このよ

うな耳に聞こえ心地の良い言葉にはどうしても頭の中で警報が鳴ってしまうわけです。

世界的反戦理論家のノームチョムスキー氏は言っています。「全ての戦争は自衛の名のもとに行われてき

た」と。

この高度情報化社会の中で生きる我々は、テレビ・新聞の流す情報または回りの多数の人が言っているこ

とを100%鵜呑みにせず、他の色々な情報媒体も参照しながら主体的に現状を把握すること、言い換え

ればメディアリテラシーの力を付ける必要があるように感じます。

『我慢』⇔『鈍感』

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おおよその人間関係、そう8割〜9割かそれ以上?
特に仕事関係のそれにおいて必ずや必要とされ、
それがなければ1日と関係を保つことができないもの、
それが『我慢』だと思います。

我慢とはいったいなんでしょう?理性や抑制心といってもいいと思うのですが、
そんなものは誰だって知ってるよと言われそうですが色々な我慢の形があると思うのです。

よく電車の中などで見かけるのですが、このような光景を見たことはないでしょうか?
とても仲の良さそうな女子高生二人組、よくしゃべります、
しかししばらくするとふと気付くことがあります、
片方のこはぺちゃくちゃとよくしゃべっているけれど
もう片方のこはそんなにしゃべらず愛想笑いの返しと相槌ばかり。。。
そしてどうにも聞き役に徹しているこが辛そうで、
こんな心の声が聞こえてきそう、
「いつまで一方的に好き勝手なことベラベラしゃべってんだよ!てめぇの話はくだらねんだよ」
というような。

上記はたまたま女子高生の例を出しましたがこのような状況はありとあらゆる人間関係・
社会において起こっているのではないでしょうか。
ここで話を聞いている受話者は我慢を強いられているのですが
しかしそれによりこの人間関係が保たれているといってもいいでしょう、
もし仮にこの受話者のこが「その話つまらないからもうやめてくれない?」
などと言おうものなら大抵の場合穏やかでない状況になるでしょうから。

そしてなにゆえにこの場合での受話者が一方的に我慢を強いられることになるのでしょうか?
ここに我慢というものを生産せしめるもう一つの概念『鈍感』というものが
浮き彫りになってくると思います。
これは最近安部首相が小泉前総理が引用した『鈍感力』の必要性を言ったことへの
静かなアンチテーゼでもあるのですが。。。

さてこの鈍感、これはやっかいですね、この場合の鈍感とはどんなものか?
それは上記例で言えば、自分が一方的に(かなり過剰に)しゃべっていることに
少しも後ろめたさがない鈍感のことであり、
また相手があまり興味ないのかな?と察する配慮が全くないという鈍感であり、
そんな二人の関係を客観的に見れない鈍感でありと
三層構造ぐらいになっている(もしかしたら四層?五層?)鈍感性なわけです。

自分の鈍感性のために生起する相手の我慢、そして我慢の連続ゆえに
発生するストレス、時にそれにより体や精神を病むこともある、
なんだかフェアじゃない気がします、
そう我慢側、上記例で言えば受話者たるこばかりが損をする構図。
その鈍感性を発散させる人間を世間ではバカだとか厚顔無恥だとかと非難されるのでしょうが
やはり私はそれは敢えて一語で言えば『鈍感』ということに収斂されるような気がします。

この鈍感性でもって迷惑をかける人は大抵の場合悪気はありません、
しかし悪気がないから全て許されるのか?というと私的にちょっとそれは完全肯定できないわけです、
なぜってやはり人間関係最低限の共通ルールが必要だと思いますし、
この人はしょうがないからと回りの人が黙認し続けたら事態は悪化するばかりでしょうから、
やはりそこは友達であるのなら一言注意すべきなのかなとは思いますが
上司・部下、年上・年下、男性・女性といろいろな関係がある中で
そうそうそれが実行できないことも多々あるでしょう、いやはや難しい問題です、ハァ。

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