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まずは日経新聞からの記事を2つほど抜粋してご紹介。
『子供が犠牲になる事件が相次ぐ中、2004年度末で全国の幼稚園・小中学校の半数が防犯カメラなどの監視システムを設置していたことが21日、文部科学省の調査で分かった』
─06年6月22日日経新聞より─
『横浜市は今月下旬から、中華街やみなとみらい21地区などの路上に250台のビデオカメラを設置する。「繁華街安心カメラ」と名付け、市民や観光客が安心して買い物などができるようにする。犯罪防止に加え、火災や地震時の状況把握で役立てる。導入費用は4億3千万。市などによると、自治体が250台という規模で防犯カメラを取り付けるのは例がないという。』
─07年3月14日日経新聞より─
今や防犯カメラというのは珍しいものではありませんが、見かけるのはほとんどの場合お店や公共施設、
マンションなどに取り付けられているものでしょう。
しかし上記新聞記事からも分かる通り、学校や自治体が積極的に取り付けるようになってきている
ようです。横浜で4億もの予算をつけて防犯カメラ取り付けに踏み切るというのには横浜市民として
かなり驚きました。
防犯カメラ大国としてはやはりイギリスがあげられるでしょう、何しろ国内で400万台ものカメラが設
置されているのですからもう街中いたるところにカメラがあり、撮影されていない所の方が少ないくらい
なのではないでしょうか。
しかしこれだけ防犯カメラ網がありながらあのテロ事件が起きてしまうのですから防犯カメラも万能では
ないようです、ただその後犯人を検挙するのには一役かったようですが。
また東京都では新宿の歌舞伎町や渋谷・池袋の繁華街にも横浜ほどの数ではありませんが少し前に一斉に
取り付けられたようです。
取り付ける理由としては、イギリスの場合はテロ対策、日本の場合は犯罪防止がメインであり、どちらに
も共通して国民に喧伝されるのは安全・安心のためということでしょう。
多くの人達はこれでだいぶ安全になると歓迎しているようですが、そんな単純なものなのでしょうか?
プライバシーの問題もありますし、今後ますます防犯カメラが増え続けイギリスのようになっていくのは
いかがなものかと思います。
今や国内においては、さ〜いつ日本もテロに狙われるか分からない、北朝鮮も恐い、たちの悪い犯罪も増
えているというメディア情報によって増幅されたイメージが多くの人々に共有され社会に蔓延しているで
中では、多少プライバシーが侵害されても、これで安全になるならいいんじゃないのというのが大方の見
方なのでしょう。
しかし私はどうしても何か釈然としないものがありますし、不気味さを感じます。
静かではあるけれども、見えない力によってしだいに管理され自由を束縛されていくような。
例えば今のこの防犯カメラ網が拡大していく現状をジャーナリストの斉藤貴男氏は「安心のファシズム」
と言います。つまり防犯カメラがあれば安心でしょ?という理屈に基づき人々を管理していくイメージを
斉藤氏はそのように表現したのでしょうが彼が言わんとすることは分かります。
また「防犯カメラ」という言葉、横浜市で言えば「繁華街安心カメラ」という言葉に嘘臭さを感じます。
防犯のためなんだから、もしくは安心のためなんだからということを言いたいのでしょうが実際悪いこと
もしていないのに撮られる側の立場からすれば、監視カメラなわけです、どうにもこういう耳に聞こえ心
地のいい言葉には警戒感を持ってしまいます。
監視カメラからの連想ですが現在日本全国で地域パトロール隊のようなものが1000以上あるそうで
す、確かに「パトロール中」という札を貼った自転車や自家用車を最近よく見かけるようになりました、
これもどこか監視カメラを歓迎する心理と共通していて、凶悪犯罪から子供を守るためというようなこと
なんでしょうが何かこの日本人特有の生真面目さには違和感を覚えます。
このような監視カメラ・パトロール隊の増加・歓迎ムードというのは今の日本社会の感受性を体現してい
るようにも思います。
それは増長する他者への不信感や少しでも異常なものは許さない異物排除的空気であり、今や要塞のよう
な学校も増える中で、一昔前までは近所のおじいさんなどが近所の子供に気軽に声をかけてお菓子をあげ
たりなんて光景をよく見かけましたが、今やそんなことをしたら不審者扱いで即通報されかねません。
それ以前にそのような地域共同体は、特に都心部においてはほとんど崩壊してしまっているわけですが。
ここ数年加速度的に寒々しく殺伐とした社会になってきている要因の一つに、他者への不信を心理的背景
にしたこの監視カメラ網や、防犯パトロール隊の増加・蔓延があげられると思います。
またこの監視カメラ歓迎的な発想はどうにも今の国の方針とパラレルな関係にあるような気がします。
というもの今政府は世界で多発するテロ、北朝鮮の脅威などを理由として国民を守るためにという大義名
分の元、MD構想だとか自衛隊とアメリカ軍との軍事連携の強化に集団的自衛権の発動可能性云々、果て
は敵基地先制攻撃論とどうにも鼻息の荒い話が目白押しのようです、これも国が国民の生命・財産を守る
ためというわけですが、先の監視カメラの設置理由と同じでそこに嘘臭さを感じてしまうわけで、このよ
うな耳に聞こえ心地の良い言葉にはどうしても頭の中で警報が鳴ってしまうわけです。
世界的反戦理論家のノームチョムスキー氏は言っています。「全ての戦争は自衛の名のもとに行われてき
た」と。
この高度情報化社会の中で生きる我々は、テレビ・新聞の流す情報または回りの多数の人が言っているこ
とを100%鵜呑みにせず、他の色々な情報媒体も参照しながら主体的に現状を把握すること、言い換え
ればメディアリテラシーの力を付ける必要があるように感じます。
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