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そもそも、歴史と言うものを特定の国と共通認識をもつ必要はあるのだろうか?
実際に、過去と言うものは特定の国に対してだけ影響を受けるわけではない。
日本に多くの影響を与えた「シルクロード」のような存在を知るには、ペルシャの歴史も知る必要があり、朝鮮半島の歴史は、ほぼ中国の歴史でもあるわけだ。
そして、歴史は過去の一点の出来事が、突然起こるのではなく、また、それが1本に繋がって現在に至っている。
ただでさえ、歴史は勝者が語るものが残る。
嘗て、中国も南鮮と共通の歴史認識を作る作業を諦めたことがある。
「奴らとは話にならない」と言うのが理由だったw
日本の左よりの学者、世間知らずで押しの弱い学者などが、下手に共同作業などに加わって、日本の歴史そのモノにまで変な影響を与えることは非常に危険なことだと思う。
ある意味、中国は正しかった。
そして、中国の様に、歴史観に「共産党的歴史観」という政治バイアスがある見方は、当時のメンタリティーを正確に判断できるものではないだろう。
しかも南鮮の様に、自分たちの主張に不利な遺跡などは埋めてしまうような国まである。
「共通」の歴史を考えるのに、そもそも政治や民族性という土台が「共通」ではないのだから、最初から無理な話なんだと思うんだけど。
せいぜいできることは、遺跡や書物などの情報を共有すること。
それさえ出来ない国は論外だ。
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